死の軍団


 群衆の熱狂的な拍手喝采を浴びながら、君はサカムビット公の手から優勝者の賞金(金貨2万枚)を受けとる。こんな巨額の金は、手にするのは無論のこと、夢見たことさえなかった。一週間もすると、これまでの言語を絶する試練の数々で消耗しきった君の体もまた元どおりの活力を取りもどして、君は、これだけの大金を何に使おうかと考えはじめる。ふと、途方もない考えが君の心をよぎる――軍隊を傭(やと)って月岩(ムーンストーン)山地を越えた東の、未知の国々を征服しに行くというのはどうだろう。考えれば考えるほど、君はそうしたくてたまらなくなる。翌日からさっそくその準備にとりかかり、この町と周辺の諸地域に兵員募集のビラがばらまかれる。それから一週間ののち、君は傭い入れた軍勢を引き連れ、新たな冒険を始めるために意気揚々と東へ向かって出発する。
(FF21巻『迷宮探険競技』400番(社会思想社)より)
 ファングの地下迷宮を突破した主人公は、今や金貨2万枚とチャンピオンの称号を得ていた。主人公はファングで一目置かれる存在となっていた。
 その頃、ファングの東に位置する魔の森で邪悪なオークやゴブリンの集団が目撃されていた。奴らの指導者は影魔人アグラックスという噂である。かつてアグラックスは虚空に追放されていたが、先日愚かな墓荒らしがアグラックスを解き放ってしまったという。
 主人公は早速ファングに兵士募集の広告を出した。その中から兵士として選び出した220人と、残った金貨700枚を手に、主人公はアグラックス軍討伐の旅に出発する…。


 『死の軍団(原題“Armies of Death”)』はFFシリーズ第36巻目の未邦訳作品です。著者はイアン・リビングストン氏です。私がプレイしたのはFBS(後の社会思想新社)というゲームサークルの同人誌で、訳者は滝川雅一氏です。
 この作品は、6巻『死のワナの地下迷宮』及び21巻『迷宮探険競技』の続編となっていますが、各巻ともに物語は独立していますので、これらの作品をプレイしていなくても十分楽しむことができます。21巻400番で主人公は金貨20000枚を手に入れました。この賞金を軍隊を編成するために使ったのは、単に未知の国を征服しに行くという目的だけではなく、影魔人アグラックスに立ち向かうためであるというのが本作品です。道中様々な仲間と出会い、軍隊を増やして行き、アグラックスの軍隊に備えます。
 今回も個性的なキャラが登場します。中でも個性的なのは、賢者オラクルです。オラクル(oracle)は英語で神託や託宣という意味がありますが、星岩洞窟のオラクルはまさに神がかり的な存在だったと言えます。正義の女神リーブラはアナランドをはじめとする旧世界でよく崇拝されていますが、アランシアでも崇拝されていることがわかります。また、白騎士の一人であるディーンの出す問題(248番)では、アランシアの3人の魔法使いの名前が登場します(ペンティコーラは9巻『雪の魔女の洞窟』の最後に出てくる癒し手の名前です)。一方、アグラックス軍では、親衛隊員の“忍者”タナカ(39番)が登場します。このタナカは、田中(または田仲)姓です。他にも、クール大陸の八幡国では“長谷川”姓が登場します。
 これまでのリビングストン作品にも出てきたシーンが再登場します。まず、冒頭の船旅は14巻『恐怖の神殿』にも出てきます。クリアに必要なアイテムは船旅で見つかるというのはリビングストンの癖なのかも知れません。278番においては、26巻『甦る妖術使い』『狼男の雄叫び』にも出てきた恐怖の獣化病を人狼から感染させられる危機に陥ります。51番における兵士たちの行動は、26巻317番の教訓と言えるかも知れません。
 この作品の邦訳の問題点として指摘されている集団戦闘結果表ですが、私個人の意見としては訳者なりの工夫で良いと思います。ただ、欲を言えば、相手集団が戦闘に慣れている軍隊か、それとも慣れていない民衆かでサイコロの目が2の場合の処理を変えるシステムにすると良かったかもしれません。「多勢に無勢」とはよく言ったものですが、「焙烙1000に鎚1つ(弱い者がいくらいても強い者には勝てないたとえ)」のたとえもあるからです。私自身が集団戦闘で活かし切れていないと思う別の問題点は、「特定の」存在が仲間にいるかどうかの処理の甘さです。62番・269番・359番においては「特定の」仲間がいるかどうか聞かれますが、これを聞くのであれば「名前を書く欄」が欲しいところでした。これによって、女剣士マックスの「私達を雇ったことを後悔させはしないよ」の本当の意味(153番)を含みに持たせられると思います。
 集団戦闘結果表よりも問題なのは、ゼンギスの黒竜亭においてのジャムの賭け(52番)です。クリア必須アイテムを50%の確率でしか手に入れることができないというのは双六と何ら変わりありません。これこそが意味もなくこの冒険を難しくさせている要因とも言えます。
 この冒険においては極度の能力値低下の場面がしばしばあります。例えば、325番においてはマラリアに感染し、恐怖の体力点−8となります。マラリアは蚊を媒体に感染すると言われていますが、この場面は現実世界でのマラリアの怖さを物語っていると思います。また、398番においては、盲目石によって失明し恐怖の技術点−6となります(尤もこの場面では意訳して原技術点−6というのもありだったと思います)。しかも、この場面においては仲間のありがたさを感じます。実は、失明する場面は『王たちの冠』629番にもありますが、こちらの場合は一人旅のため盲導役がおらずENDとなります。34巻以降は、こうした信じがたい弱体化の場面がしばしば現れます。
 ストーリーとしては、323番以降がクライマックスですが、ここでは「いよいよアグラックス軍の本陣に入る」という記述が欲しかったところです。323番では「混沌の戦士団に攻撃されて燃えている寺院」を見つけているに過ぎません。炎のインプを撃退した後(316番)にアグラックス軍の本陣に入ったことは分かるのですが、心の準備として323番にその描写が欲しいところです。さもないと、寺院からいきなりアグラックス軍の本陣へ入ることになり、これではストーリーの展開がメチャクチャになってしまうからです。また、なぜ手持ちの金貨をもっと早くばらまかないのでしょうか。ゲームとしては、事前に「手持ちの金貨をすべてばらまく」という選択肢を何回か与えた方がよいと思います。プレイする側も「金の亡者でいてはいけない」ことに早く気づいた者勝ちという展開の方がスッキリすると思います。
 私の挑戦ですが、1回目はオラクルどころか星岩洞窟の存在さえ知らず、最後はアグラックスの記念碑になってしまいましたが、2回目はオラクルにきちんと出会い、水晶の力を発動させる詠唱を行い、見事クリアしました。個人的にカタカナ英語はあまり好きではありませんでしたが。

 ところで、217番のカブラパイ早食い競争や14番の魚カスタードパイ早食い競争、26巻のホビットの耳大食い競争、50巻の羊の目玉食い競争など、アランシアには大食い競争が数多く登場します。ビッグベリーを赤坂尊子氏や菅原初代氏と対決させてみたいと思うのは私だけでしょうか?

2010/04/25


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