狼男の雄叫び


 モーリステシアのルプラディア地方の密林を夕暮れ後に歩くとは正気の沙汰ではなかった。というのも、この地方の言い伝えでは、夕暮れ時になると密林の中から狼が出没するという。主人公は、その言い伝えが事実であることを己が身を以って思い知ることになる…。

 血も凍らんばかりの恐ろしいうなり声で、主人公は我に返る。周りを見回すと、獰猛な狼の一団に取り囲まれていることに気づいた。呪われた狼の一団に…。主人公は、何とか狼の一団を退治することができた…が、主人公は狼から手傷を負ってしまった。不幸にも主人公は、獣化病という病気に感染してしまったのである。次の満月までに自分に手傷を負わせた者を倒さぬことには、主人公も恐るべき獣化病の犠牲となってしまうだろう。
 ルプラディアの住民たちを狼の呪いから解放するためにも、そして自分自身が人間に戻るためにも、主人公はルプラディア地方を敢えて進む…。

 『狼男の雄叫び(原題“Howl of the Werewolf”)』は2007年9月に、エゲレス(笑)のウィザードブックスより刊行されたFFシリーズ第29巻目の未邦訳作品です。著者は56巻『審判の騎士団』と同じくジョナサン・グリーン氏です。私がプレイしたのは社会思想新社というゲームサークルの同人誌で、訳者は浅田豊健氏です。
 本書の舞台は『ソーサリーシリーズ』と同じ旧世界です。モーリステシア(モーリスタティア)はアナランドのちょうど北部にあります。ソーサリー2巻『城塞都市カーレ(魔の罠の都)』の26番で北門の兵士に対しRAPの魔法を用いる(483番)と、カーレと同じ旧世界であるモーリステシアの地名を出すことができます。ちなみに、モーリステシアで話されている言語は「クロリアン語」です。
 主人公は、狼魔人に噛み付かれたせいで己が身を穢されてしまいました。次の満月の晩までに自分を噛んだ狼魔人を滅ぼさない限り、自分も狼魔人になってしまいます。しかも、噛み付かれた狼魔人に対しては絶対的な服従をしなくてはならず、自分自身の魂までもが永久に狼魔人の奴隷になってしまうのです。獣化病の進行の度合いを示す値として獣化点という数値があります。サイコロを振った結果が獣化点以下(あるいは獣化点未満)になると、主人公の内なる獣の本性が出てしまうことになります。…と、ここまでの説明ですと、『夜よさらば』の邪悪点みたいに、邪悪点判定で失敗すると何一つ得することはない、と思いがちですが、実はよいこともあります。例えば、同じワーアニマル(獣人)に対して獣化点以下の目が出れば、相手を脅迫することができます。しかし、大事な場面でこの判定に失敗してしまうと、クリア失敗につながってしまったりします。この獣化点、場面によって良い結果にもなり悪い結果にもなりと、結構うまくできています。それにしても、正直に「獣化病に罹っている」と答えてしまう主人公を迫害するとは、ルプラヴィアの住民たちは理不尽この上ありません(これもバーコラクの圧政のせいと言えなくもありませんが)…。
 本作品は全515項目と、通常のFFシリーズと比べると25%余り増えています。そして、56巻でのあの難しさ…とくると、第一印象としてはとてつもなく難しく感じるかもしれません。が、しかし、ジョナサン・グリーン作品にしては(?)、難易度はそう高くはありません。というのも、このゲームにおけるクリアルートは40巻『夜よさらば』のように1つではなく、かなり自由度の高いゲームとなっているからです。奈落党の5人が所持する銀の短剣は必ずしも5本全部そろえる必要はなく、銀の短剣1本かウルフェンソードを入手すればよいからです。これが「銀の短剣5本全部揃えなければデッドエンド」という設定であれば、従来のグリーン作品と同様の凄まじい難易度だったところですが…(むしろこっちの方がグリーン作品らしいかもしれません)。
 前回と同じく、今回の作品にも「コード表」が出てきます。原著では、56巻『審判の騎士団』と同じく“逆さ読み”ですが、社会思想新社版では分かりやすいようにアルファベット3文字で示されています(それにしても、冒頭でのコード表の説明で“VIK”を例に挙げるあたり、やはり訳者はソーサリーや旧世界を意識していると言えますね)。中には、記してはいけないコードもあります。コードの記録はグリーン作品の大きな特徴と言えるでしょう。
 FFシリーズ34巻以降の作品は原著に論理バグのあるものが多く、それらは邦訳者の人たちによって修正されています。しかし、今回はそれらの邦訳・または修正において不具合な点が見受けられましたので、列挙しておきます。
 まずは、漢字のミスです。「稲妻」が「稲“凄”」となっています(22番など)。これは、恐らく邦訳者の使っているワープロの問題かと思われます。
 次に、言葉の使いまわしです。20番において「副作用が都合の良いものとはかぎらない」とありますが、もともと「副作用」とは都合の悪いものを指します。ですから、この表現は不適切です。ここは、良くも悪くも「副作用が都合の悪いものとはかぎらない」とするべきだったと思います。そうすれば、獣化点判定で失敗したからと言っても必ずしも悪いことが起こらないという点で話の辻褄が合います。
 そして、最後は――これが一番の問題点ですが、邦訳者が気づいたと「このゲーム上最悪の論理バグ」の点(513番)です。邦訳通りの仕様の限り、奈落党員の所持している銀の短剣を5本とも持っておりなおかつ悪魔追放の儀式(230番)を知っている場合を除いては、513番では銀の短剣(479番)かウルフェンソード(81番)しか選択の余地はありません。464番において「銀の刃で切られたバーコラクの傷口は完全に塞がらなかった」とあることから確かにこれはこれで分かるのですが、しかしこれでは銀の弾丸(450番)や銀の鏃(やじり)の矢(372番)をバーコラクに対して使ったときの処理が抜け落ちています。狼男が銀の弾丸や銀の矢に弱いのは周知の事実であり、これを見落としたのは邦訳者の完全なる落ち度です。これならば、面倒でも150番に行く直前の全ての項目番号(79番、315番、327番、372番、450番)で「武器を決めて150番へ進む」という指示を一言加えるべきだったと思います。折角の論理バグの修正も、中途半端な処理ではかえって読者を腹立たしくさせるだけです。
 そうは言っても、邦訳と同時に論理バグを修正するというのは並大抵の苦労ではありません。この作品は、項目数が長い割には比較的プレイしやすいと思います。そして、それは優れた邦訳の恩恵でもあるのです。

 ところで、この作品の主なテーマとなっている「アーチ・ライカンスロープ」ですが、これは26巻『甦る妖術使い』にも出てきています。

2009/08/30


直前のページに戻る

トップに戻る


(C)批判屋 管理人の許可なく本ホームページの内容を転載及び複写することを禁じます。