ティーンズ・パンタクル


 あたしの名前は大島いずみ。半月前この洋貝台学園に転校してきたの。全寮制の学校生活にもだいぶ慣れてきて、友達もすぐに出来たわ。
 部活は剣道部で、一部の部員からは「陰のキャプテン」なんて噂されてるの。お父さんたら「あんまり剣道ばっかりやってると嫁のもらい手がなくなるぞ」だなんて言うのよ。だから、あたしは自分の実力を隠しているの。おかげで男子からは時々デートの誘いや手紙とかが来るのよ。フフフ。
 そんな、毎日楽しい生活を送っているんだけど、あたしの隣のクラスに美人の転校生が来たっていう話を聞いたの。男子ったら「美人」と聞いただけで鼻の下を伸ばしているらしいけれど、女子にはあんまり人気がないみたい。美人は同性に人気がないっていうけれど、あたしは例外?…でも、何だか嫌な予感がするわ。ううん、予感だなんてそんな生易しいものじゃなくて、何か強い殺気じみたものが…。死んだお母さんの血筋は霊感とか超能力とかがあって、占い師をやっているあたしのおじさん、つまりお母さんの弟も予知能力に長けた人物なのよ。
 …そう言えばあのときの黒猫。何か不吉な前兆かも。理窟じゃなくてあたしの超能力がそう感じるの。何か起こりそうだわ。…今夜あたりにでも…。

 『ティーンズ・パンタクル』は、お馴染み日本有数のゲームブック作家鈴木直人氏の作品です。この『ティーンズ・パンタクル』以降の鈴木作品は、全て本文が“一人称表記”となっています。鈴木直人氏の本領発揮ということでしょうか。
 読者は主人公の大島いずみとなり、この学園の平和を守らなくてはなりません。読み進めて行くうちにやがてわかりますが、転校生である氷室京子がこの洋貝台学園の敵であることが判明します。黒幕はフロリメルという魔女で、己の武器である美しさを保つべく数百人の生気を吸い取ることを企てています。316番のフロリメルを形容する描写を見ると、もしかすると「テレビタレントのような美しい人」とは決して褒め言葉ではなく、確かに美人だが決して油断できない危険な存在という著者の訴えなのかも知れません。確かにこれはその通りですね…。
 この冒険は大きく分けて二部構成となっています。
 第一部は、洋貝台学園の友達と学園生活を楽しむ場面です。こちらは、前作『パンタクル』を上回るパラグラフの使いまわしが際立っています。その日に出来ること(手がかりの捜索や友達との付き合いなど)の数は決まっているのですが、そのときに出来なかったことは翌日に回すことが出来るのです。今まで探していないところを隈なく探せばほとんど全ての手がかりは手に入る仕組みとなっています。つまり、本書に書かれているほとんどのイベントに出会うことが出来るのです。但し、時期的に考えて最初の一回しか巡り会う機会のないイベントもあります。これは、例えば『悪魔に魅せられし者』の10階に登場する老騎士のように、最初の選択を誤ると取り返しのつかない事態に陥るという意味です(老騎士の例で言うと、まず楽にしてあげないと老騎士の死を早めることになり、死んだ人間はもう生き返らない、ということですね)。
 さて、この時間(日付)の経過ですが、これは「覚えるべき番号」によって交通整理がされています。経験記号及び覚えるべき番号のメモさえ忠実にとれば、時の流れのズレや同じ事件の発生などはなくなります。毎日同じような出来事が繰り返されることは確かですが、事態も徐々にしかも確実に変化して行きます。6日目の夜の雨までに一定の条件がそろっていない場合はここでゲームオーバーとなります。この主人公の日常生活と日付の経過ですが、これはFF17巻『サイボーグを倒せ』も似たような構造になっています。『サイボーグを倒せ』は、同じ事件が二度起こらないような構造になっているのに対し、本作品は同じ事件が何度でも起こるような構造になっています。どちらもそれぞれの持ち味を出していると言えるでしょう。
 第二部は、ストーカー(笑)のような鏡英一郎君を媒介として魔道士メスロンを召還し、そのメスロンと一緒に魔女フロリメルの本拠地へ向かう場面です。22番の「霊媒と念ずる者との間に深い信頼、愛情の絆が必要となろう」とは、214番で鏡君とくちづけを交わすという意味だったのですね。
 第二部は、第一部に比べるとマッピングの必要性が若干あるかも知れません。しかし、マッピングをしなくても十分道は分かると思います。
 第二部に入ると、鈴木作品ではお馴染みの「ミツユビオニトカゲ」が登場します。これは、第一部をクリアした人へのボーナスとしてセーブポイントを設けるという意味合いだと思います。「ミツユビオニトカゲ」が手に入る場面は二箇所(90番、286番)ありますが、いずれもメスロンが嫌がるいずみに無理やり食べさせる(!)という状況になります。『悪魔に魅せられし者』の444番にも「どんなに飢えてもこれを食する者はほとんどいない」とあるところをみると、やはり相当まずいものなのでしょうね。復活したいずみが「ゲテモノ」と言っているくらいですから。
 そして、第二部においては第一部で得た知識や情報、手がかりなどの全てを発揮する必要があります。クリアのためのヒントは全て「正しい選択」をした場合の道筋にあります。第一部で得られるヒントがどこで役に立つかは研究室にて詳しく述べたいと思います。
 この作品に登場する個性的なキャラクターもなかなかのものです。
 361番に出てくる翻車魚(まんぼう)男は、彼自身の攻撃よりも彼の宝による「攻撃」の方が厄介です(マンボウ男は簡単に倒すことが出来ます)。その宝とは“くさやの汁(!)”です。この宝による「攻撃」で、なんと体力ポイント12を失うことに…。本書の2番にあります。
 306番の「双頭竜ゴルルグ」は、ドルアーガシリーズに出てきた、あの警備隊長のゴルルグです。ゴルルグに苦戦した方もいらっしゃるかと思いますが、今のゴルルグは悪者ではありません。むしろ、体力ポイント気力ポイントを回復してくれる親切な人物になっています。英雄ギルガメスに倒されたはずのゴルルグがメスロンの手によって復活し、改心したという流れも乙なものです。余談ですが『スーパーブラックオニキス』で盗賊バムブーラが自分の飼い蛇につけた名前も「ゴルルグ」です(但し、<B-5>にチェックがつくバムブーラに限りますが)。それから、ドルアーガシリーズの『魔宮の勇者たち』に出てきたドッペルゲンガーが、本作品ではレプリカンという名前で再登場します。両方とも主人公を殺すために創られた敵ですが、結局は主人公に逆用されてしまうという展開も健在です(『魔宮の勇者たち』の210番と本作品の50番参照)。こういった対比も面白いと思います。また、メスロンとタウルス(『ドルアーガシリーズ』)、鏡君と学園長(『ティーンズ・パンタクル』)というコンビネーションもなかなかです。
 しかし、これだけのイベントがあり、なおかつフロリメルとの戦いが凄絶だったにしては、エンディングがあまりにも「平凡」過ぎてしまい、いずみが特にこれといった特徴もない普通の女の子になってしまったのは少し物足りない気がします。いずみが剣道部ではなく新体操部で、鏡君が野球部ではなくサッカー部という「全く別の世界」になったのだと思いますが、それならばいずみの母親が生き返ったり叔父が占いとは無縁の仕事をしているという描写も入れて欲しかったと個人的には思います(尤も、描かれていない部分は読者の想像に委ねるという見方もありますが)。
 全体的に見ると『ティーンズ・パンタクル』は、前作『パンタクル』のあとがきにもあった通り初心者向けの作品と言えるでしょう。「覚えている番号」⇒「次に進むべき番号」の図式は、前作『パンタクル』の「万能章の位置」⇒「進むべき番号」の図式の域を出ていない気がしますが、この作品はこの作品で見事に完成されています。ただ、『パンタクル』をプレイした直後に『ティーンズ・パンタクル』をプレイすると、少し物足りない感じがするかも知れません。それは、どちらが良くてどちらが悪い、という意味ではなく、本作品は初心者向けで『パンタクル』は上級者向けの違いという意味です。

 ところで、主人公の「大島いずみ」ちゃんは実在の人物で、著者の知り合いの女の子をモデルにしたそうです。この作品の初版が1990年で当時6歳とのことですから、2007年現在では20代前半ということになります。そうすると、今は大島いずみ「さん」の方がより適切な敬称ということですね。

2007/06/17


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