フィンブルヴェトル物語(プレイ日記)



【第25回】激昂再び

 女王陛下の間に続く階段を昇りながら、フォルゲン伯爵は私に言った。
「アレクよ、おまえもいずれは陞爵するであろう。その暁には、わしを通さずにおまえが直接陛下と対面することになる。そのときのために、一連の手続きを今のうちに心得ておけ。」
「あ……はい。」
 しょうしゃく? 何だそりゃ? 詳しくはよく分からないが、おおかた伯爵に昇格するとかなんとかだろう。だが、私は「しょうしゃく」しても影は濃いままでいたい。
「ん、アレク。何か言ったか?」
 あ、いえ、何でもないです。そうこうしているうちに、女王陛下の間に到着した。
 女王陛下との対面も2回目となると結構慣れる。カールは……と見ると、前回とはこちらに対する態度が180度変わったようだ。石像のように硬直し、我々とは目を合わせようともせず、ただ前方を一心に眺めている。カールから緊張感が漂っているのは明らかだった。これまで怖い者なしだったカールが、前回の一件以来、恐れる存在ができたわけだ。誰と接するときも、接する相手に対して常に「畏(おそ)れ」の気持ちを持つことは重要だ。現代社会でも、他を見下すような態度を取る所業は必ず自分に返ってくる。



 いつもは優しい女王陛下も、事情が事情だけに柳眉をひそめている。
「さよう。」
 手紙の内容を女王陛下より数十分前に知ったに過ぎない伯爵がすべてを見通したかのように厳かに口を開いた。
「アレク騎士隊長! 私は殿下宛てに認(したた)めた手紙にて、早まったことをしないよう依頼しましたね。殿下には、その思いが伝わらなかったのですか!?」
 女王陛下もかなり感情的になっている。陛下という立場上、大抵周りは自分の命令通りに、即ち自分の思惑通りに動く。だからこそ、自分の思い通りに事が運ばないことに対する耐性がほぼ皆無であることは疑いようもない。
「思いは伝わったと思います。しかしながら、それとこれとは別です。殿下は、この内戦は誰かが責任を取らなければ収拾しない、とも仰っていました。いずれにせよ、相当な御覚悟があって書状に認めたのでしょう。それは尊重されるべきと思われます。」
「なるほど……。しかし、私は殿下を処罰することができません。」
 それはそうだろう。女王陛下の性格面からも、治外法権的な面からも、女王陛下が他国の殿下の首を刎ねるなどできない相談だ。



 フォルゲンよりも影の薄い女王陛下の執事が口を開いた。
「お言葉ですが、それは結果論に過ぎないと思います。」
 私が執事に言上すると、すかさず女王陛下が口を開いた。



 ちょっと待て、誰がそんなことを言った。私は誰かが戦争の責任を取らなければならないと言ったのであって、殿下を処罰したいなどとは一言も言っていない。女王陛下でも言っていいことと悪いことがある。そこで、カールが追い討ちをかけた。
「内戦は終わったんだから、いいじゃないか。僕は叔父様を処罰しなくてもいいと思うな。」
 それまで黙っていたくせに、こういうところで口を挟む。懲りねぇガキだな。
「『内戦は終わった』? ならば、王子は今の言葉を内戦で亡くなった兵士やその家族に言えますか。」
 穏やかに、しかし詰問する口調で問いかける。
「あ、いえ、その……」
「なら黙ってろ! 戦争の結末ってのは責任者が処分された方がまだましなんだよ! だったら殿下の代わりに貴様の首を差し出そうか? クリスに貴様の首を刎ねさせてもいいんだぞ!」
 私の怒鳴り声が終わらぬうちに、カールは泣き出してしまった。それでも私は追撃を緩めない。
「元をたどれば、貴様の我が儘も内戦の原因の一つだからな! 知らないとは言わせねえ。これが証拠だ!」
 そう言って私は殿下から預かったペンダントをカールに投げつけた。



「アレク、よさぬか!」
 伯爵の声にはっと我に返る。……あちゃ〜、またやってしまった。



 だが、私は一歩も退かなかった。「進めば極楽、退けば地獄」とは言わないが、ここまで来たら言うことを全て言い切るまでだ。
「いいえ、謝るのは女王陛下の方です。女王陛下は御自分の治める王国の内情をあまりにも知らな過ぎる。殿下の偽者とギーゼンがいなかったとしても、縦(よ)しんば、マルクス教徒が存在しなかったとしても、陛下がこんな状態では別の輩につけ入る隙を与えてしまうのは必至です。無論、つけ入る輩が悪いのですが、つけ入られていることに気づかないようでは国を征服してくださいと言っているようなものです。実権を配下に奪われているならばまだしも、名実ともに陛下がこの国の統治者であれば、こういった話に慣れていないこと自体が、女王陛下に問題があると言わざるを得ません。これで私を無礼討ちにするならどうぞなさってください。以前も申し上げました通り、私は、騎士隊長になってから毎日が殉職日と心得てきました。ですから、次の瞬間に私が死んでも、それは天命と心得ます。ですが、こんな私でも信じてついて来ている彼女達が黙ってはいないでしょう。」
 女王陛下は私の後ろにいる女の子達を見る。エル、クリス、リーゼル、そしてソフィーも私と同じ目つきをしていた。その中で、クリスが口を開く。
「もし隊長を無礼討ちにしたら、私はこのことを王国中の国民に触れ回って、反乱を起こします。そうしたら、女王陛下の首は仏国の王妃マリーアントワネットのように処刑場に晒されることでしょう。仮に、王国の軍が勝ったとしても、内乱に次ぐ内乱が起きた国を周辺諸国はどう見るでしょうか。いずれにせよこの国は滅亡します。その覚悟はおありですね? 私もこの戦争の遺族ということをお忘れなく。」
 理窟抜きでクリスの言葉は私の言葉よりも重い。罹患した患者の方が罹患していない医師よりも病気に詳しいことがある。今のクリスの言葉に反対する者は誰もいなかった。否、今のクリスには誰も逆らえなかった。
 長い沈黙の後、女王陛下が口を開いた。
「確かに、私は王国の内情を知らな過ぎると思います。騎士隊長のあなたでも普通はここ(城の2階)には上がれないのと同様、私とカールも普通はここからは出られないのです。それに、私の周りにはあなたのように私に対して意見してくださる方がいない。それが一番の原因だと思います。」
 確かに、現代社会では国を治める者が普通の人と同じ生活空間にいるというのは難しいことだろう。国を治める者の血筋に生を受けた者は、城という名の巨大な牢獄に一生閉じ込められる運命なのかもしれない。ジパングでは憲法において“象徴”と称される輩とその親族が「コウキョ」と呼ばれる巨大な城跡に「収監」され、その一生を厳重に監視されながら過ごすと聞く。
「私も未熟な部分が多々ありますので、王国の現状を隊長から教えていただけたら幸いに思います。」
 それを聞いて安心した。やはり女王陛下は人徳者だった。
「早速ですが、隊長はこの『内戦の責任』については、どうお考えですか。」
 実は、女王陛下のこの質問を待っていた。というのも、私には八方を丸く収める考えがあったからである。
「アルベルト公爵は、稀代の魔術師とともに、戦術に優れた方です。この国には、公爵でないと解決できないことが多々あります。」
「と言うと?」
 女王陛下が聞き返す。
「公爵への『処罰』を、公爵でないと解決できない任務に就かせることにするのです。」
 そう、処罰の方法は何も死刑・懲役・禁錮・罰金・科料とは限らない。FF24巻『モンスター誕生』では、放火罪に問われた被告への判決が「任務」の刑であった。
「それで、アルベルト公爵にはどう伝えればよいのでしょう?」



「なるほど。本当にアルザスが解放されるなら、女王陛下の立場上、公爵殿下を処罰する口実を失うということか。」
 執事が口を開く。
「考えたな、アレクよ。」
 伯爵からもお褒めの言葉を預かり光栄です。
「それから、アルベルト公爵の魔術で、戦争犯罪人ギーゼンと偽アルベルトの公開処刑の幻影をバイエルン・ロールシャッハ両国民に見せること。これで、この内戦の遺族も少しは浮かばれることでしょう。」
 ある意味、これは国民への「虚偽の申告」となる。現段階でギーゼンと偽アルベルトを公開処刑することは不可能である。処刑されるべき当事者たちは私達が葬ってしまったのだから。しかし、本物と見紛うほどの幻影を造り出せるほどの魔術が使えるのはアルベルト公爵をおいて他にはいない。そう、本当の意味で国民に「ばれなければいい」のだ。「ばれない」とは、他人に一切迷惑をかけず、最後まで秘密を隠し通すことである。だから“幻影”が必要なのだ。国民達を“幻影”で「欺き」、アルベルト公爵がその後「自分の責任でもある」と国民に述べれば、国民の非難が十中八九アルベルト公爵には向かなくなるだろう。ある程度国民が納得すれば、アルベルト公爵が処刑される理由は何もない。
 だが、これは一つの危険が伴う。この公開処刑が“幻影”と見破られたら……。アルベルト公爵の魔術も完璧という保証はないし、“幻影”の正体をうっかり誰かが漏らしたら……。今度こそ本当に破滅的な内乱が起き、アルベルト公爵は民衆によって考え得る最も残酷な処刑をされることであろう。そればかりではなく、この計画を企てた私は勿論、ここにいる全員が共犯者として公開処刑になることだろう。これは両国の存亡にかかる大きな賭けなのだ。
 さて、ここにいる全員のうちで誰がうっかり漏らしそうなのか。それは火を見るよりも明らかだった。そこで、私は鎌をかける。
「無論、ギーゼンの公開処刑は幻影というのは、ここにいる我々とアルベルト公爵だけの国家機密事項として箝口令を徹底することです。世の中には知らない方がいいこともありますから、ね、カール王子。」
 カール王子は私に問いかけられて全身を硬直する。私は「穏やかな」表情でカール王子を見つめる。カールは私の「穏やかな」表情を見るが、目つきだけは穏やかではないことを見て取り、瞬時に首を縦に振る。カールも理窟ではなく本能で感じたようだ。「国家機密事項を漏洩した者は死刑に処す」ということを。カール王子も国政を司ることがどういうことかだんだん分かってきたようだ。



 郵便制度がないこの時代のこの国ならば致し方ない。「ヒソカちゃん」が出てくるのはこの戦乱が治まってからの話だな。
「ねえアレク、ヒソカちゃんって誰?」
 エルが素朴な質問をする。
「ヒソカちゃんというのは前島密(まえじまひそか)という男性で、私の故国ジパングで郵便制度という手紙を運ぶ組織をつくった人だよ。」
「ふ〜ん、アレクって何でも知っているんだね。」
 いや、知らないことだらけです。だから色々と学ぶんです。専門家でないと知らないようなことを言えないと「ぼーっとするな」と気違いみたいに叫ぶ5才の糞餓鬼ではないのでね。中国にも「言う者は知らず、知る者は言わず」という故事成語がある。何でも知っているように振る舞う輩は、実は何も知らないのである。



「うむ。そう言えば、アルザス地方はそなたの故郷であったな。それは私が許可しよう。」
 ついに明かされる、自分の故郷。そんなの初めて知ったわ。予備知識が何もない状態でいきなりこの世界に放り込まれ、周りの人と関わっていくうちにだんだん世界観が見えてくるというそんなゲームプレイです。
「それと、アレクに雑貨屋の女将から伝言だ。雑貨屋のラインアップが変わったので、顔を出すようにとのことだった。」
 何で伯爵がそれを言うの? よく分からん。



 リーゼルの言うことは正論です。
「では、陛下。我々はこれにて失礼します。」
 都合の悪いことは無視するんだから、この人は。
 ともあれ、2回目の女王陛下との対面はこれにて無事に(?)終わった。
 1階のいつもの間に戻ってきた。フォルゲン伯爵が私に今回の対面について語った。
「アレクよ、おまえが2階へ上がるとき、陛下の警備隊が全員耳栓をつけておったぞ。よほどおまえの怒鳴り声に備えていたと見える。だが、そのお蔭で警備隊におまえの提案を聞かれずに済んだ。彼らとて、知らない方がよいことがあるのは同じだからな。それに、今回のおまえの働きによって女王陛下は以前より国民に目を向けることだろう。尤も、おまえの陞爵はまだ先の話になるだろうがな。」
「ありがとうございます、伯爵。私も退かないところは退かない性格なのでご迷惑をおかけしますが、今後ともよろしくお願いします。」

 こうして、私達は帰路の途に着いた。なぜかみんな私の部屋にいるが、もう慣れてしまった。ある意味、彼女達を異性として見なくなったのかもしれない。



 寝るときに、エルが尋ねてきた。
「アレクって、時々大声で怒鳴るよね。」
 まあ、確かに。それは否定しません。
「でもね、アレクが怒鳴るときって、私達がアレクの気に入らないことを言ったりとかじゃなくて、むしろパウラ隊長とかカール王子とか、一定の身分のある人に対する命がけの訴えかけだよね。伯爵の言っていたアルザス地方がアレクの故郷というのも初めて知った。アレクの過去ってどうだったのかが急に気になって。」
 それは……。確かに、私は自分のことはあまり話さなかった。否、話したくなかったと言うべきだろう。
「言ってもいいが、言うと多分みんな私のことを軽蔑するだろう。それでも聞きたい?」
 知らない方がよいこともあるということは、今回の謁見で分かっている。
「言いたくなかったら言わなくてもいいのよ。いずれ、知ることになることもあるでしょうし。」
 エルも、この話はこれ以上関わらない方がよいことを悟ったのか、深追いはしようとしなかった。
「そうだな、エル。いずれ話さなくてはならなくなったら話すことにしよう。」
 明日はまたロールシャッハへ赴く。

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2020/11/02


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