フィンブルヴェトル物語(プレイ日記)



【第19回】激昂

 伯爵を先頭に私、エル、クリス、リーゼル、そしてソフィーと6人がかりで女王の間に赴く。私が訓練場と思っていたのは女王の間だったのか。それならば兵士が通行止めにしたのも合点がいく。やたらな者を女王と会わせるわけにはいかないからな。



 伯爵の挨拶を私は黙って見ている。今回は影の薄い伯爵を筆頭として謁見をしているが、今後私が筆頭になることも十分あり得るからな。



 それにしても、女王陛下は綺麗な御方だ。いや、変な意味ではない。綺麗な御方だから女王陛下に選ばれたのだろう。
 おっと、女王陛下に見惚(みと)れている場合ではない。伯爵がこれまでの経緯を陛下に報告する。
「実は、ここに控えております騎士隊長のアレクをはじめとする小隊をロールシャッハに潜入させたところ、意外なことが発覚しました。」
 小隊って、5人(しかも戦闘要員は実質4人)しかいないんですけれど。まあいいか。考えを巡らしている間にも伯爵は言葉を続ける。
「どうやら、今のロールシャッハを率いているアルベルト公爵殿下は偽者のようで、殿下本人とハスラー将軍より書状を預かっております。こちらをご一読いただけますでしょうか。」



 陛下の声は鈴を鳴らしたような綺麗な声だ。聞いているだけで心が安らぐ。これも女王陛下としての才覚なのであろう。
 女王陛下が手紙を読み始める。女王陛下の顔がだんだん厳しくなっていく。一般庶民に対する御会釈のときには絶対に見せない表情で、戦慄すら走るほどだった。



 そのペンダントは、カールがアルベルト公爵にねだって無理やり譲ってもらったものでは……。そう思うと、だんだん腹が立ってきた。元をたどれば、こいつのわがままが内戦を引き起こしたのではないか? 無論、全部がカールのせいではないが、しかし、結果的にギーゼン将軍たちに付け入る隙を与えた要因の一つであることは確かだ。読み進めていくうちに、女王陛下の顔がますます歪んでいく。



「アルベルト公爵とハスラー将軍の覚悟なのでしょうな。」
 そんなこと、いちいち言わんでもわかるわ。全く、この影の薄い伯爵は表面的なことでしか物を見ていないんだから。と、ここで大臣が口を挟む。
「お待ちください、陛下。その書状、本当にアルベルト公爵がお書きあそばされた書状ですかな?」
 大臣の言っていることは尤もだ。このような一国の運命を左右する大事な手紙、本物かどうかを確かめなくてはならないだろう。まして、ロールシャッハには公爵の偽者が蔓延っているこのご時世、猜疑心がなくてはすぐに騙されてしまうだろう。



「じゃあ、『あれ』かも知れません。母上、書状を貸してもらえますか?」
 カールが陛下から書状を受け取り、つぶやく。
「た〜まや〜。」
 は? それが暗号か? 随分ふざけた暗号だ。しかし、効果は覿面(てきめん)で、書状には花火の絵柄が浮かび上がってきた。
「ということは、この書状は、紛れもなくアルベルト公爵のもの……」
「ええ、この書状は殿下御本人がお書きになられたものであることが証明されましたな。」
 大臣と伯爵のやりとりもそこそこに、カールが口を開いた。



「叔父上!」
 そう叫んだのはクリスだった。無理もない。クリスはこの内戦で叔父さんを亡くしたのだから。クリスの目から止め処もなく一筋の涙が流れる。知らなかったこととは言え、カールの発言はあまりにも軽薄だ。
「アレクと言ったね。」
 私はわざと返事をしなかった。こちとら、カールが産まれる前から騎士隊長をしている。こんなクソガキにアレク呼ばわりされる筋合いはない。城下町の子供たちも生意気な口は利くが、カールより余程礼儀をわきまえているわ。
「アレク、カール王子の御前だぞ。返答をせんか。」
 フォルゲン伯爵に促されて漸く返答する。
「カール王子、私が騎士隊長のアレクです。私は王子が産まれる前から騎士隊長をしています。せめて“隊長”くらいつけて然るべきと存じます。」
 何でこんな無礼な奴に気を使わなくてはならないんだ。
「実は、アレク。お前に頼みがあるんだ。」
 このクソガキ、人の話を聞いておらんのか。“隊長”をつけろってんだ。しかも「お前」呼ばわりとは何だ。王子でなかったらとうにぶっ飛ばしているところだ。



「叔父上を助けてほしい。だから、必ず叔父上に直接これを届けてもらいたいんだ。頼むぞ、アレク。」
 また“叔父上”か? だから、クリスの叔父上は助からなかったんだよ。
「叔父さん……」
 ついにクリスが泣き出してしまった。エル・リーゼル・ソフィーを見てみると、クリスを宥め賺している反面、カール王子の無神経さに腹が立っていることは疑いようもなかった。
「後ろの者が、何やら泣いているようだけど、何か不満なの?」
 こいつ……。
「不満だから泣いているのですが、わかりませんか。」
「わからない。騎士隊長に叔父上にペンダントを届けさせることのどこが……」
 パァァァン!
 堪忍袋の緒が切れたのは私よりもクリスだった。
「あなたのせいで、私の叔父さんが死んだのよ!」
 カールは一瞬何が起きたのかわからなかった。だが、次の瞬間、頬にひりひりする感覚が走り、自分が騎士隊長の後ろに控えていた女性騎士に頬を張られたことに漸く気づいたのだった。
「何をするんだ!」
「それはこっちのセリフだ!!」
 クリスの平手打ちが口火となり、私もついに堪忍袋の緒が切れた。
「さっきからこっちの言うことも聞かないで、自分の要求だけベラベラベラベラ……いい加減にしやがれ!」
「アレク、やめんか!」
 伯爵が私を制する。だが、私は続けた。
「いいえ、やめません。私も毎日が殉職日の覚悟で今日まで騎士隊長を務めてきました。ですが、こんな世間知らずのクソガキの低レベルなわがままで殉職するなんて、腑に落ちません。」
 駟(し)も舌に及ばず、口から出た言葉は馬四頭分の馬車よりも速い。今更取り消しても暴言を吐いた事実は覆らない。ならば、言うことを全部言ってしまおう。どうせ不敬罪に問われるのであれば、言いたいことを全部言ってから問われる方がまだましだ。
 しかし、女王陛下の反応は意外なものだった。
「アレク隊長、あなたのお怒りは尤もです。クリスさんの叔父上様も、カールのわがままで命を落としたのであれば、その責任は一国を治める私にあります。ハスラー将軍だけでなく、私の首も差し出さなくてはなりません。」
「母上! 母上が死ぬなんて、僕は嫌です!」
「お黙りなさい! 本来はあなたの首を差し出さなくてはならないのですよ。ですが、あなたはまだ子供、それは残酷過ぎるというもの。女王の前にあなたの母親である私があなたの責任を取らなくてはなりません。それが王室の掟。よく覚えておきなさい。」
 大臣も伯爵も唖然としている。次に口を開いたのは、この中では一番の被害者と言えるクリスだった。カールに平手打ちをしただけで満足したと見えて、冷静さを取り戻していた。
「カール王子、私は別にあなたの首をもらいたいとか、そういうことを言っているのではないの。そんなことをしたって叔父は生き返らないし、第一叔父もそんなことを望んでいないと思うし。ただ、これは言っておきたいの。あなたにしてみればほんの軽い気持ちでも、あなたのしたことが国全体の運命に関わることがあるってことを。叔父みたいな人をもう出してほしくないの。」
 淡々と述べるクリスは、この冒険に出る前のいたいけな少女ではなく、大切な人を亡くした悲しみを乗り越えた大きな存在に見えた。
「カールよ、あなたの母親としてではなく女王陛下として命令を下します。あなたが庶民の気持ちを理解するために、そして兵士の状況を理解するために、あなたをバイエルン王国とは無縁のところへ見習い兵士として出します。そして、あなたが生きて帰ってきたら、再びあなたを王位継承者としての王子として迎え入れましょう。あなたが生きて帰れなかったら、所詮あなたもそこまでの子。このバイエルン王国は終わりを告げることでしょう。それも天命として私は受け入れる所存です。」
 何だか変な雰囲気になってきたぞ。思わず私は女王の言葉を遮る。
「まあまあ、女王陛下、今はカール王子のペンダントをアルベルト公爵に“貸し出す”ことが先決と思われます。ハスラー将軍にも申し上げましたが、今の陛下の御言葉は、内戦が治まった後に庶民が王室に対してどのように思っているか、即ち民意による裁決にもよると思います。王室の会議も通さず、今ここで結論ありきなことを仰せられるのはいかがなものかと存じます。」
 漸く女王陛下が我に返った。
「これはアレク隊長、取り乱してどうもすみません。あなたの仰る通り、カールに対する処分は内戦が治まってからにします。今、この内戦が治まらない限りはどうしようもありませんからね。」
 私はカールに一瞥をくれる。カールは途端に目を反らす。先程までの態度が一変して、もはや私に対して目を合わせられない状況だ。



 女王陛下の間を出た後、エルとクリスとリーゼルそしてソフィーは先に帰ってもらった。私は大臣と伯爵に呼び出される。女王陛下のお咎めはなかったものの、お叱りを受けるのであろう。覚悟してついていく。だが、これまた私の予想に反するものだった。
「アレク君、君は感謝しておる。」
 ほえ?
「アレクよ、実は私もカール王子のお前に対するあの物言いはないだろうと思っていたのだ。だが、我々の立場上物申すわけにもいかず、心の中でやきもきしていたのだ。」
「カール王子も生まれながらの王族、今まであのような物言いをされたことがなかったのだろう。しかも、あの場面で女王陛下に平手打ちなど、公開処刑に等しい。これはカール王子にとって特効薬とも言えるクスリであったろう。我々も溜飲の下がる思いだったよ。これでカール王子にも天敵と呼べる存在ができた。先代の王様――女王陛下の旦那様――のときからお仕えしてきたが、アレク君みたいな存在は我がバイエルン王国になくてはならない存在だ。今後ともよろしく頼む。だが……」
 だが……
「今日起きたことは、あの場にいた者だけの極秘としていただきたい。決して口外せぬようお頼み申す。」
「わかりました。」
 カール王子は一国の王子としての面目があるからな。私はカール王子を怒鳴ったことなど他の隊長仲間に自慢げに語る気はないし、それはしてはいけないことだと思っている。自分とは違う“人”と関わる以上、全て自分の思い通りにはいかないことは知るべきだろう。逆に、自分の思い通りにいかないからこそ、自分だけでは得られないことを得られることだってある。自分の思い通りにいかないことは必ずしも自分にとって悪いことではないのだ。

 今日はいろいろな意味で疲れた。私の家にはエルとソフィーがいた。クリスとリーゼルの家に泊まればいいのに。
「アレク、お疲れ様。大臣と伯爵と何を話していたの?」
「まあ、色々だよ。今後のことなどについてさ。」
 エルとソフィーが添い寝をしてきても、もう気にならなかった。それだけ女王の間での出来事で疲れていたということだろう。



 まるで昨日の出来事が嘘のようだ。伯爵からの書状並びにカールから“借りた”ペンダントをアルベルト公爵に持って行く。




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2020/01/15


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