竜の血を継ぐ者


 …またあの嫌な夢を見た。一人で野宿をしているとよくこの夢を見る。あの地獄の孤児院に引き戻される夢を。
 私の名はレイラ・ヴィーク。この物語の主人公。
 私は、孤児院とは名ばかりの奴隷市場で育った。その環境はまさに生き地獄で、院長夫婦は私たち孤児を人間とはみなしていなかった。そんな中にも私たちの希望の光がいた。彼の名はエリック・カーン。彼の能力は全てにおいて擢(ぬき)んでており“竜の血”が流れているとさえ噂されていた。私はある日、エリックの助けを得て地獄の孤児院からの脱出を試みたのだった…。
 あれから2年。私は剣士としての腕前を上げて行った。しかし、エリックのことを忘れたことは1日たりともなかった。エリックを探す手がかりは、あの日エリックにもらった長剣エクセリーナだけ。それどころか、私自身がどんな素性なのか、それさえわからないのだ。ただ、私の左腕には模様のような痣がある。どうやらこの痣が私の出生の秘密らしいのだが、実はこの痣が“竜の血を継ぐ者”の印であることなど、今は知る由もない…。

 『竜の血を継ぐ者』は、2004年に創土社で出版された、21世紀のGBです。著者は中河竜都(なかがわ・リュート)氏です。
 私が当初このGBを購入した時は、まさかこの作品がかつて東京創元社で出版された『ドラゴンバスター』のリメイク版とは微塵も思っていませんでした。ところが、最初のルール説明を読んでいくうちに、かつて読んだことがあるようなルールの気がしてきたのです。まさか“デ・ジャブ(425番より)”かと思いましたが、しかし、13ページにある“敵の強さ”の項目を読んでいくうちにそのかつての記憶が確信的になったのです。敵の能力値を<その敵を倒した回数>倍するというルールは、あの『ドラゴンバスター』しかあるまい、と…。
 そして、その他もろもろのこともだんだんと解明されていきました。この『竜の血を継ぐ者』は女性版『ドラゴンバスター』とも言える作品であることや、著者の中河竜都氏=古川尚美氏とか。そして、この作品のパラグラフ構造も前作と酷似しています。パラグラフの骨格は、基本的には前作『ドラゴンバスター』と同じで、本作品のオリジナル・イベントの部分のみ変更となっています。しかし、物語の内容はまるで違います。元祖の『ドラゴンバスター』をお持ちの方は、二冊を見比べてみるとそれがわかります。単なる“女性版ドラゴンバスター”とは思えないほどの変わり様です。
 リメイク版だけあって、前作の『ドラゴンバスター』における不具合がだいぶ改善されています。
 まずは、パラグラフ構造です。前作『ドラゴンバスター』の頃は、パラグラフの無駄を省く発想がまだ確立されていなかった時代で、無駄な構造がかなりありました。例えば、全能力ポイントを原ポイントまで回復させるキクノースの生えた部屋(340番)から出るのには無駄に2項目(前作222番、271番)使用していました。しかし、本作品ではこれらの2項目は省かれており、このような無駄な項目を寄せ集めて、新しいイベントに再利用されています。
 ローレンシア王国(旧ローレンス王国)の人々の不親切さや卑劣さもだいぶなくなりました。居酒屋での賭博に勝つヒントが宿屋にあります。勝ち過ぎると金貨を巻き上げられたりするということもなくなりました。尤も、宿屋では「女性にとって非常に恥ずかしい目」に遭う可能性はありますが…。アイテムショップ(128番)では新しい衣服が何着でも買えるようになり、上着の汚れの心配はさほどしなくてもよくなりました。また、上着が血で汚れていた方がよい場面もあり、悪いことばかりでもなくなっています。前作同様、クルトの泉(418)に行っても無論上着の汚れが落とせるようになっています。
 33番のシャングリラマウンテン(旧アルバトロスマウンテン)やユリウスマウンテン(旧シーガルマウンテン)における、一度入ってしまうと外に出られないことがあるという不具合も改善されました(但し、位の高いドラゴンを倒してしまうとシャングリラマウンテンから出られなくなりますが)。シダの話を聞かずにシャングリラマウンテンに入ったり、レイラそっくりの女性に戦いを挑んだりして「ツマリ」の状態になるという不具合もなくなりました。
 そして、肝腎の物語の中身についてですが、前作『ドラゴンバスター』とはまるで違った話となっています。前作『ドラゴンバスター』の目的は「幼馴染のセリア姫を助ける」という非常に明確なものでした。しかし、本作品の『竜の血を継ぐ者』は、そうではありません。無論「エリックに瓜二つのイアン王子を助ける」という目的はありますが、これとて真の目的の「エリックとの再会」の伏線に過ぎません。そして、イアンとエリックは単に容姿が似ているというだけではなく、二人の真の関連性が明らかになってきます。エリックと再会して本当に幸せな結末を迎えるのか、主人公の母親の正体は何かなど、前作よりも複雑なストーリー性に富んでいます。真実は一つとは限らず、選択次第で如何なる結末に行き着くかが見所です。
 今回のエンディングはマルチエンディングで、全部で5種類あります。私は前作同様、最終番号までたどりつきましたが、著者の意図する「真」のエンディングとは違うようです。しかし、これらのエンディングの中で、自分の納得いくエンディングでいいのではないかと思います。最終番号においては、前作の「凱旋=諦め」という図式はなくなり、最後の決断を主人公自身で決めるという形で終わっています。これもなかなかの改善です。
 こうしてみると、『竜の血を継ぐ者』は、単なる“女性版ドラゴンバスター”ではなく、別の次元における別の性別の主人公のおはなし、といった方が正しいのかも知れません。一度作ったものを解体してもう一度作り直すというのは簡単なようでいてなかなか難しいということをこの作品は物語っていると思います。この冒険を行なった後に、元祖の『ドラゴンバスター』に戻るのもまた乙なものと言えましょう。本作品のところどころの項目番号に出て来る「女性の女性に対するセクシャル・ハラスメント」めいた描写も、多少灰汁の強い味付けとなっています(尤もこれらに関しては創土社の編集部の意図が入っている可能性が大でしょうが)。詳しくは例によって例の場所にて(またか)…。

 ところで、元祖『ドラゴンバスター』のあとがきに「さよならは再び会うまでの約束」とありました。これは確か、薬師丸ひろ子氏の歌う「セーラー服と機関銃(にも出てきたような気が…)」の歌詞にあった気がします。世紀を越えて、文字通り“来世(世紀)”で再び会ったということでしょうか。

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2007/04/11


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