モンスター誕生(プレイ日記)〜後日篇〜


【後日篇5】 グロッグの蘇生(後編)

 その頃、幻影の世界に幽閉された妖術師は、現世に戻る機会を心待ちにしていた。万一のこともあろうかと、妖術師はコーブンの地下研究所の一室に、己が現世に戻れるように予め魔法をかけていた。幻影の魔術の書庫(archive)にある魔術書の魔術を用いた者の前に現れることができるようにしておいたのだ。魔術を触媒とし、妖術師は、魔術書の魔術を用いた者を乗っ取るつもりだった。
 私達は、そんなこととは露知らず、グロッグの蘇生術を進めていた。
 ニンビカスとハニカスが、私に言葉を投げかけた。
「生贄となる者は、自ら名乗り出なくてはならぬ。代理や騙りが名乗っても、魔術はそれを認めはせぬ。かつてアランシアには“アグラの死の仮面”というものがあった。その仮面には、つけた者が自らの意志で心臓にナイフを突き立てるような呪いがかけられていたそうだ。この『禁断の蘇生術』も、“アグラの死の仮面”に共通するものがあるのかもしれぬ。」
 サイ男達は、この儀式を邪魔する者が出てこないよう辺りを警戒していた。
 やがて、ニンビカスとハニカスが蘇生術の呪(まじな)いを唱え終えた。
 俄かに、建物の内部が暗くなった。漆黒の闇の中から、人型の煙ができた。やがて、その人型の煙は地の底から響くような低い声で語りかけて来た。
「我は冥府の王。そこな『禁断の蘇生術』の導きにより、召喚された。さて、その方たちの望みとは何であるか?」
 ハニカスとニンビカスが私の方を向いて頷いた。
「ここの半オーク、グログナグ・クロートゥース、通称グロッグを生き返らせて欲しい。」
「うむ。分かった。して、その方たちの代償とは?」
「グロッグの命と引き換えに、この身を捧げる次第である。」
 グロッグが生き返るのならば、私の全てを引き換えにする覚悟はできていた。一度は死んだ身だ。これも天命であろう。
「この身とは……誰の身を捧げるのであるか?」
 私は、覚悟を決めて、自分の名前を言おうとした。そのときだった。
「ガハハハッ、この瞬間を待っていた!」
 冥府の王の声ではない、どちらかと言うと甲高い声が響き渡った。次の瞬間、忘れ去られていた妖術師が現れた!
 あまりにも急な出来事に、私は勿論、29番も若いサイ男も、そしてハニカスとニンビカスでさえ凍り付いた。
「貴様ら、よくもこの私を出し抜いてくれたな。ハニカス、おまえのせいでこのモンスターに酷い目に遭わされた。29番、貴様よくも訓練所を抜け出したな。サグラフと黒エルフはそれ相応の罰を与えねばならん。そして、モンスターめ、わしを幻影の世界に幽閉しただけではなく、“魔術の煙”までも浴びおって。」
 ザラダンの目は憎悪に満ちていた。まさか、ザラダンの執念と怨念がこれほど強かったとは。グロッグ蘇生の儀式もこれまでか。
「だが、最後に笑うのはこのザラダン・マーだ。」
 冥府の王が再び口を開いた。
「承知した。」
 次の瞬間、ザラダン・マーの身体が煙に飲み込まれていった。
「なぬ、これはどうしたことだ……ぐああ、飲み込まれる。おまえら、何とかしろ!」
 何とかするもなにも、おまえが勝手に出現して勝手に儀式の邪魔をしたのではないか。そう、身を捧げる者は「自ら」名乗り出なくてはならないのだ。私が覚悟を決めて自分の名前を言おうとしたときに、それを遮られた。そして、ザラダンが勝手に他の人の名前を言っていたが、それは「自ら」の名乗りではない。冥府の王の質問の後、最初に「自ら」名乗ったのはザラダン・マーである。つまり、グロッグの命の代償は私ではなくザラダン・マーとなる。
「代償の対象は決まった。約定通り、グロッグは生き返らせよう。去らば。」
 ザラダン・マーを飲み込んだまま、煙は現れたときと同様に、急に消え去った。
 『禁断の蘇生術』の書物はその力を使い果たしたのか、紙くずと化していた。幻影の世界に幽閉されていたザラダンは、今度こそその存在すら消滅することになった。
 辺りは明るくなり、そこには五人の姿が残されていた。否、五人ではなかった。
「ここはどこだ?」
 懐かしいがらがら声が聞こえる。その声の方を振り向くと……。
 蘇生したグロッグが立ち上がろうとしていた。



 グロッグが立ち上がった瞬間、私の両目から涙があふれてきた。これは汗ではない。間違いなく涙だった。
「グロッグ……」
 半オークは、自分の名前を呼ばれて困惑していた。
「おまえ、なぜ俺の名前を知っている。俺はおまえのことなんか知らないぞ。それに、おまえ、何で泣いているんだ?」
 私は、目の前に起きた奇蹟に全身が震え、しばらくは何も言えなかったが、やがて落ち着きを取り戻した。
「グロッグ、君はカエル男に殺されたんだ。そして、生き返ったんだ。」
「カエル男に……もしかして、おまえは……」
「そう、私があのモンスターだよ。他人の喧嘩に口を突っ込む、愚かな奴だよ。」
「やっぱりそうか。おまえはあのときのモンスター……。だが、やっぱりおまえは愚かな奴だ。俺が生き返ったって喜ぶ奴なんか……」
「ここにいるよ。」
 私はグロッグの言葉を遮った。
 グロッグは、私の言葉を聞いた途端、全身が震え出した。
「グロッグ!」
 私はグロッグを抱きしめた。
「俺の目から汗が流れて止まらない。これはどういうことなんだ?」
 グロッグもまた目から涙を流していた。グロッグもまた、涙を流す――それも、うれしくて涙を流す――ことなど知らなかったのだ。
「俺は、これまでこんなにうれしいと思ったことはない。ありがとう。おまえには感謝してもしきれないぜ。」
 ハニカスも、29番も、若いサイ男も、そしてニンビカスもグロッグの蘇生を祝福していた。

 ドリーの三姉妹達は、グロッグの蘇生の様子を水晶玉越しに見ていた。
「ヒッヒッヒ。こやつ、今度こそザラダンを本当に滅ぼしおったわい。」
「その上、グロッグまで生き返らせるとは、わしらも想像だにせんかったわ。」
「スー、これも天命じゃ。こやつは、天命を得ておるのじゃ。スー。」

 グロッグの蘇生が無事に済んだ後、私達は解散することになった。
「皆さん、大変お世話になりました。今度こそお別れです。」
 私はグロッグとともに、飛行船に戻ることにした。
 ハニカスは再びコーブンの地下研究所に戻った。再び目が見えるようになり、邪悪なザラダンとダラマスがいなくなったから、恐らく一人で戻れるであろう。ニンビカスは飛行船内の自分の荷物を引き払い、ブラックサンドに向かうことになった。29番は妹との再会を果たし、余生を静かに過ごしたと聞く。若いサイ男は、別の魔法使いの親衛隊に所属するようになった。
 一人の悪の妖術師が滅び、同時に一つの友情が芽生えた。そして、一人の人間と一人の半オークとの友情伝説は、後世アランシア各地で語られることになる。だが、それはまた別の機会にて……。

〜第3部 後日篇 完〜

 【あとがき】

← 【後日篇4】へ |          



2023/01/16


直前のページに戻る

『モンスター誕生』のトップに戻る

ゲームブックプレイ録のトップに戻る

トップに戻る


(C)批判屋 管理人の許可なく本ホームページの内容を転載及び複写することを禁じます。