モンスター誕生(前篇)


 身体の痛みは耐えがたいほどひどかった…。
 主人公が目を覚ますとそこは地下道の端だった。主人公の手には伸縮自在の鉤爪があり、背中には鋭い棘が生えていた。そして、全身は分厚い鱗に覆われていた。――そう、主人公は何の知性もないただのモンスターだったのだ。
 地下道を歩いていくと、1人の髭面のドワーフと出会った。
 ドワーフが主人公を見た途端、何事かを叫んだ。その叫び声は聞こえるのだが、意味がさっぱりわからない。やがて、ドワーフは襲い掛かってくる。しかし、モンスターである主人公に勝てるはずもなく、そのまま主人公に締め殺されてしまう。そして、主人公は本能の赴くままに、ドワーフの死体を調べる。どうやら、自分には理性などなく、あるいはあったとしても本能の方がはるかに勝っているようだ。主人公は、あてもなく先へ進む…。

 20ページあった「背景」から、何の前触れもなくいきなり冒険が始まります。「背景」や本文の場面の描写は、読者向けであって主人公のモンスター向けではありません。これまでのFFシリーズでは「背景」や各場面の状況は主人公向けにも説明されていました。しかし、この冒険の最初の頃にはそれが一切ありません。それもそうでしょう。何しろ、最初はモンスターには知性のかけらもないのですから。
 最初はいきなり地下道の端から始まります。主人公がこれまでどのような人生(モンスター生?)を歩んできたのかはもちろんモンスター自身のみの知るところです。ですが、モンスターには知性も知能もありません。つまり、主人公の歩んできた道というのは神のみぞ知るところなのです。
 その証拠に、冒険を進めるに連れてわかることなのですが、まずモンスターは人間(あるいはエルフ・ドワーフなど)の話す言葉が理解できません。それから、次の行く先をなんと双六の如くサイコロで決めてしまっているのです!
 普通の冒険ならば、東西を分ける通路の分岐点に立った場合「東へ進むか、それとも西へ進むか」という選択は、読者が行うことができます。しかし、この冒険ではサイコロを振って決めるのです。つまり、さながら双六を感じさせるのです。無論、途中で起こる戦闘は普通に行えます。これこそモンスターの“本能”ともいえる行為でしょうから。どうしても自分で行き先を決めたいときのために「サイコロを振る前に運だめしをしてみてもよい」場面もありますが、これは全く意味がありません。というのは、その場面は既にデッドエンドブロックでこの先どうあがいてもデッドエンドになる場所に行き着いてしまっているからです。これは、もう少し前に運だめしの機会が欲しかったところです。23巻『仮面の破壊者』の宝珠ほどではありませんが、ここでもサイコロの目が悪いと絶対クリアできません。それでも『仮面の破壊者』と比べるとその確率はわずか36分の5ですし、このデッドエンドブロックは最初だけで、いくらでもやり直しが効くから許容範囲という意見もあることでしょう。しかし、私に言わせれば「サイコロを振る前に運だめしをしてみてもよい」場面をデッドエンドブロックに到達する前に設ければこういう不具合も起きなかったのですから、やはり欠陥と言えなくもありません。
 では、このままずっとそうかというと、もちろん違います。冒険が進んでいく上で、モンスターはより人間に近づくことが出来ます。
 それまで、自分の行き先を本能のままに(サイコロで決めて)進んできたモンスターですが、やがて“理性の煙”によって自分の行き先を自分で決めることが出来るようになります(382)。理性のあるモンスターになりました。ここからは、他の冒険と同じく選択肢を(サイコロを振らずに)自分で決めることが出来ます。しかし、この時点ではまだ言葉は分かりません。冒険を更に進めていくと、次に“言葉の煙”によって、主人公は人間(あるいはエルフ・ドワーフなど)の話す言葉が理解できるようになります(147)。人間の言葉を読む方法自体が、新しい外国語を覚えたての人が読むかのように感じるのは私だけでしょうか。この発想はなかなかのものだと思います。私も実生活でこの暗号を使っていたりします(笑)。
 この先は、言葉が分かると分からないとでは大違いです。無論、言葉がわからないまま進んでもクリアできません。言葉がわからないと出来ないパラグラフ・ジャンプも当然あります。こういったパラグラフ・ジャンプが出来るのも、主人公がモンスターという設定ならではと思います。
 それから、英ジャクソンならではの意地の悪いパラグラフ構造もあります。
 直接的にはデッドエンドとはなっていないものの、同じパラグラフを延々と繰り返し、体力点が尽きるのを待つのみという構造が結構あるのです。これに悩ませられた人は少なくないはずです。例えば、イエローストーン金山の事務室にいるブラックエルフを倒そうとしたものの、ブラックエルフに笛を吹かれて無限ループ(39→397→46→39→…)に陥った人もいることでしょう。これは『王たちの冠』495番と同じ境遇ですが「次々と果てしなく現れる敵を倒すのは到底無理だろう」と片付けられた方がまだまし、と思う人もいるはずです!逆の言い方をすると、『王たちの冠』495番において文章にせず実際に戦闘にしたのがこの無限ループと言えるでしょう。また、黄色いブレスレットを持っている人はダラマスの水晶玉のある通路を抜けられず立ち往生した人もいることでしょう。巨大なかまどで焼け死ねば(339)まだましなものの、黄色いブレスレットを持っているのでそれすら叶わず、結局はダラマスの水晶玉で体力点を全て失うより他はないのです。それから、体当たりでは絶対開かない扉(112→128→150→398→112(128)→…)というのもあります。鍵を探そうとしても、それは「鍵」を当たり前のように知っている読者だからこそ思いつく発想であって、鍵を知らないモンスターには何の意味もなしません。この無限ループに悩んだ人もいることでしょう。普通に体力点を失っていくならまだ幸せな方で、途中で盾(197)を手に入れた人は体力点すら減らないまま決して報われない努力をいつまでも繰り返すことになります。
 直接デッドエンドとはなっていないのでまだチャンスがあるのではないかと思うところですが、さすがは英ジャクソン。これまでにはない奇抜な発想をしっかりと取り入れています。この冒険を終えた後「多勢に無勢でデッドエンド」という終わり方をありがたがった人も多いのではないのでしょうか(笑)。何かこれってヘビの生殺し状態ですね〜。決して減刑されることのない終身刑よりも死刑の方がまだましなのに似てますね(えっ、似てない?)。
 ただ地下を脱出するだけでも一苦労なのに、ただ地上に出たというだけではもちろん『モンスター誕生』をクリアすることはできません。地下で手に入れるべき情報やアイテム、そして経験も必要になってきます。…そう、地上に出てからもまた大変なのです。たった1回の冒険で地上に出られたら、それだけでも十分ステータスシンボルのような気がします。…私ですか?私も、やはりいくつかの無限ループに引っかかりました(泣)。
 地上に出てからは、いよいよ本格的なストーリーに突入します。ザラダン・マーと主人公の関係が明らかになっていきます。

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2005/06/29


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