フィンブルヴェトル物語(プレイ日記)
【第43回】薬師ロジーナの技能
ロジーナがアレクの状態を見た瞬間、ロジーナの顔つきが変わった。
それは、いつもは優しいアネットの母親の顔ではなく、時には厳しい薬師(くすし)としての顔だった。
ロジーナのその言葉に、あたしの目から自然と涙が出た。
「アレク……。」
そんなあたしを察してか、ロジーナの表情が柔らかになった。
「泣かなくてもいいわよ。多分、彼は助かるわ。まずは、この軟膏を怪我した箇所に塗って。」
「はい。」
リーゼルが答える。あたしは、このときほど神官戦士であるリーゼルの存在をありがたく思ったことはなかった。
「そうしたら、軟膏の上から薬草を貼るわよ。そして、その上に包帯を巻いて。ええ、それでいいわよ。」
今は、ロジーナの薬師としての力を信じるしかなかった。
「はい。」
あたしは、ロジーナの指示通り、アレクの口を開けさせた。
「いくわよ。」
ロジーナがアレクの口に薬を流し込む。
「ウグウゥゥ!」
「相当痛がっているようね。誰か、アレクを押さえつけて。」
「はい!」
あたし達は迷うことなく、4人がかりでアレクを押さえつけた。
アレク、頑張って。痛いということは、生きているという証拠なのよ。
「ウグアアアアッッ!」
アレクの呻き声が大きくなる。だが、それでもロジーナは薬をアレクの喉に流し込む。
あたし達の目から思わず涙がこぼれる。でも、あたし達は涙を拭くことなく懸命にアレクを押さえつけた。
やがて、最後の一口がアレクの喉に流し込まれた次の瞬間、アレクはあまりの激痛のためか、意識を失った。
「もういいわ。ご苦労様。」
ロジーナの労いの言葉とともに、あたし達はアレクを解放した。
アレクがベッドに倒れ込む。あたし達はアレクを楽な姿勢になるように直した。
特効薬と言ったら、劇薬レベルの強い薬。強い薬はよく効くんだけれど、使い方を誤ったら猛毒にもなるわ。あたしもエルフの里で薬草の調合をしたことがあるからわかる。今のアレクには普通の薬じゃ効き目がないから、ロジーナも危険を承知で特効薬をアレクに飲ませたのね。
アルベルトを狙った刺客はそれほどの猛毒を扱っていたってことよ。ますます許せないわ。
「今夜が峠でしょうね。私も一日、ここに泊まるわ。何かあったら、すぐに私に知らせるのよ。」
「はい!」
4人は異口同音に返答した。
あたし達は、アレクを囲むようにして見守っていた。誰も口を利くことなく、ただ見守っていた。
そして、翌朝……。
気がつくと、いつの間にかロジーナとパウラが側にいた。
あれからついうたたねをしてしまったらしい。アレクは……
良かった、アレクが目を覚ましたわ。
「顔色がまだ優れないようだけど、昨日よりは良くなっているわね。もう一晩寝れば、きっと良くなるわ。」
だが、あたしはロジーナの声が終わらぬうちに、反射的にアレクの胸に飛び込んでいた。
「アレクーーーッ!」
これまで堪えていた感情が一挙に噴き出てしまった。
あたしはアレクの胸の中で泣いた。アレクが刺客で瀕死になったあのとき、もう涙は出ないというほど泣いた。でも、それでも涙は出た。
ただ、アレクが生きていてくれたこと、それだけでうれしかった。自分の愛する人が無事であったことがこんなにも素敵なことだなんて。
アレクの痛がる声もあたしの耳には届いていなかった。
アレクは、あたしが胸に飛び込んでいる状態のまま、辺りを見回した。そして、見慣れない女性に気づいた。
「あのう、どちら様でしょうか。」
「隊長、こちらは私の叔母のロジーナよ。隊長の怪我を治療したの。」
「あたっ、それは、ご丁寧に、あたっ、どうもありがとうございました、あたっ。」
「私の役目は果たされたようね。それじゃあ、ルテティアに帰るわ。ヴァレリーやアネットも待っていることだし。」
「ありがとうございます、叔母様。本陣の外までお送りしますわ。」
ソフィーがロジーナを本陣の外まで送る。
「ねえ、アレク。あなた、おなかすいているでしょ。あたしが朝食をつくるわ。ちょっと待っていてね。」
本当はあたしが、いえ、殿下がこのような目に遭うはずだったのに、代わりにアレクがこんな目に遭ったのだから、せめてアレクのためにあたしができることをしなきゃ。
半刻(1時間)が経過し、朝食が完成した。アレクだけではなくて、みんなの分も作ったわ。
「これはうまい!」
良かった、アレクが元気になって。
「あたし、実はエルフの里で料理はしていたんだ。」
ありがとう、アレク。じゃあ、
「『今すぐ』は無理かな。この任務があるから。だけど、この任務が終わって落ち着いたら、また改めて返答することにしよう。返答は必ずするから、今は考えさせて欲しい、エル。」
「うん、わかった。」
アレクの反応も以前と違うような気がする。以前は少しあたしを避けていたような気がしていたけれど。……と、大役を務め終えた薬師ロジーナを送ったソフィーが戻ってきた。でも、何だか元気がないみたい。何かあったのかな。
リーゼルとクリスを見ると、彼女達の表情もにこやかになっていた。彼女達もかけがえのない仲間であることを、今回の件で知った。
「アレク、治ったみたいだな。ったく、心配かけさせやがって。だが、良かった。」
思わず、声のする方へ振り向く。声の主はザウアーだった。この男、ガサツであたしはあんまり好きじゃないけれど、盗賊の能力や部下に対する人情味はあるのよね。
「アレク、卿も大変であったな。ゆっくりとご飯を食べていていいから、準備ができたら声をかけてくれ。」
アルベルトも、ある意味自分の身代わりとなったアレクに気を遣っているのね。ううん、悪いのはアレシア軍の連中よ。
さて、準備もできたし、殿下に話しかける前に、色々な人に挨拶をしようっと。殿下に話しかけたらどうせまた長くなるんだから。
あたし達がルテティアに行っている間、アレクをずっと看病してくださった修道院の女性にも感謝しなくちゃね。
修道院の女性は平静を装っているけれど、徹夜でアレクの容態を見守っていてクタクタのはずよ。
でも、その努力は報われたわ。リーゼルもクリスも、そしてあたしも、満足げな表情……あれ、ソフィーだけ何だか曇った表情ね。どうしたのかしら。
「ソフィー、どうしたの。何か心配事でもあるの。」
あたしは思わずソフィーに聞いた。
「ううん、何でもないの。良かった。隊長が元気になって。」
口ではそう言いながらも、ソフィーはロジーナを本陣の外へ送り出したとき、ロジーナの言葉を思い出していた。
以前のソフィーと違い、今のソフィーは薬師ロジーナの言葉を真摯(しんし)に受け止めていた。
ロジーナもアレク本人に面と向かっては言えなかったのよ、きっと。それで、自分の姪にだけは話しておこうと思ったのね。
ソフィーの目にも涙がにじんでいたが、ソフィーは懸命にそれを隠していた。
ソフィーがそんな心配事をしているなんて、あたしたちは知る由もなかった。
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2022/01/11
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