フィンブルヴェトル物語(プレイ日記)



【第17回】イザール大橋を渡れ

 一見のどかに見える風景だが、その実はイザールの東西でいがみ合いが起きている。嘆かわしいことだ。
 だが、私たちの手元には、本物の書状がある。これをハスラー将軍に見せれば突破口が開けるだろう。
 一縷の望みに思いを馳せているうちに、イザール大橋西の本陣までたどり着いた。



 以前、イザール大橋東に来たとき、バイエルン王国の兵士に追い返されたな。私を騎士隊長であることを知っていて追い返したわけだ。
 まして、私の顔を知らないロールシャッハの兵士だとどういうことが起こるのだろう。ちょっと怖い気もするが、行くしかない。



 その“まさか”だ。
「将軍の許可なく、イザール大橋の東へ行くことは固く禁じられている。立ち去れ。」
「その将軍への書状を持参した。差出人はアルベルト公爵だ。通してもらいたい。」
「何、ハスラー将軍宛ての書状だと? 分かった。ついて来るがよい。」
 こうして私たちはハスラー将軍の間に通された。



 この兵士はあまり頭が良いとは言えないな。私は「差出人がアルベルト公爵の書状を持参した」と言ったのであって「使いの者」とは一言も言っていない。民意が統治者には正確に伝わりにくい理由が手に取るようにわかる。
「何、公爵からだと? 先程も書状が届いたばかりだからな。私を謀(たばか)ると、その分には捨て置かんぞ。」



「本物か偽物かすぐにわかる。『ジーク・バイエルン』」
 すると、アルベルト公爵の紋章が浮かび上がった。
「どうやら本物らしいな。……むっ、これは。」
 ハスラーが何か気づいたようだ。



「あ、はい。」
 その間、クリスとリーゼルがつぶやく。
「ねえ、あの『ジーク・バイエルン』というのが合言葉かしら?」
「おそらくね……」
 ハスラーはしばらく2通の書状を交互に眺めていたが、やがて徐(おもむろ)に口を開いた。
「その方は下がっておれ。私はこの者たちと話がしたい。」
「承知いたしました。」
「それから、私の指示があるまで何人(なんぴと)たりともここに入れるな。」
「承知いたしました。」
 この兵士は単なる「指示待ち族」なのだろう。何の疑いもなくハスラーの命令を遵守した。



「はい、私がアレクです。」
「私は殿下のことは幼少期から知っておる。殿下は左利きでな、独特の癖字があるのだよ。この国の創始者も左利きかもしれんがのぅ。」
 それはアルベルト公爵本人も言っていた。姿形を真似できても、左利きの癖字の細部は真似できなかったようだ。
「私は恥ずかしい。今まで私は偽者の命令を聞いて、女王陛下の軍と戦っておった。なぜ偽者を見破れなかったのだ。」
「でも、それって公爵の側にいつもいるバカ大臣が見破れなかったからでしょ?」
 あちゃ〜、ソフィーがまたもや失言を。そして、今度はエルとリーゼルとソフィーまでも乗じる。
「そうよ。大臣が悪いんじゃない。」
 3人の異口同音というのも珍しい。いや、悪いのはギーゼン将軍やマルクス教徒なのだが。
 ハスラー将軍の表情が険しくなる。これはちょっとまずいのでは……。しかし、次のハスラー将軍の言葉は私の予想を見事に裏切った。
「お嬢様方、あなた達の言うことも一理ある。私よりも先に大臣が気づいてくださると思っておったが、どうやら私の方が先に偽者の殿下ということを知ってしまったようだ。だが、殿下の異変には大臣も気づいておられると思う。」
「じゃあ、何で大臣は将軍に『公爵は偽者かもしれないよ』って言わないの? おかしいじゃない。」
「偽者の可能性も考えられるが、その確固たる証拠がないのだ。しかも、相手が相手だけに、下手なことをすれば大臣と御親族の方々が全員公開処刑ということにもなり兼ねん。」
「まあまあ、ソフィーも将軍も落ち着いてください。将軍、あまりご自分を責めないようにお願いします。公爵は巧妙な罠にかかってしまったのです。」
「ありがとう、アレク卿。」
 漸くハスラー将軍も落ち着きを取り戻した。それにしても、この人は厳(いか)つい顔つきの割にはこの子たちの失礼・無礼とも言える発言を真摯に受け止める。ロールシャッハの重臣達は人格者が多い。「実績=人格」という大きな勘違いをしているジパングのどこぞの女子ゴルフプレイヤーとは大違いだ。
「ところでアレク卿、偽の殿下からの書状にはな、明朝からバイエルン城を総攻撃せよとの内容が書いてあったのだ。」
「えっ……ってことは……」
 リーゼルの顔色が変わる。それはそうだろう。それは、ハスラー将軍と我々が敵同士になることを意味する。
 たとえ偽者と判明した今でも、『殿下』からの命令を無視すればハスラー将軍は謀叛を企てたことになってしまう。
「お嬢さん、慌てなさんな。無論そのつもりはない。我が軍だけでバイエルン城を攻めるには兵士が少なすぎる。徒(いたずら)に兵士を損耗させるだけであり、愚策だ。真意を問い質すため、殿下には返信を書いた。私を納得させる理由がなければ殿下のご命令と雖(いえど)も遂行しかねます、とな。」
 ハスラーという名にそぐわない、正々堂々とした言動。だからイザール大橋西という一番危ない場所を任されているわけか。
「だが、そなたたちのお蔭で偽者であることがわかった。それで全て説明がつく。ましてマルクスの連中と結託しているのであれば火を見るよりも明らかだ。」



 と、私の全身から血の気が引いていくような感覚が走った。無益な内乱を起こすことは国の治安を根底から狂わせる大罪、しかもそれが一国の将軍ともなれば“首謀者”であるアルベルト公爵とハスラー将軍は公開処刑、ハスラー将軍配下の者は地位に応じて懲役・禁錮・降格・減俸処分は必至であろう。
 と、ソフィーが腑に落ちない様子だ。



 ハスラー将軍がソフィーに語りかける。
「お嬢さんの心遣いは誠にありがたいが、お嬢さんよりも少しは戦争に携わった者の立場から物を言わせてもらうと残念ながらそう単純にはいかないのだ。というのも、この内戦ですでに多数の死者が出ている。いかなる理由があるにせよ、犠牲者が出た時点でもう元の状態には戻れないのだ。」
「でも、本当に悪いのは仕組んだ奴らでしょ。だから、何とか説明すれば……」
 ソフィーも引き下がらない。



 クリスのこの一言で、その場にいる全員が一瞬で静まり返った。クリスの口調はあくまでも淡々としたものだったが、しかし、それが逆にこの内戦の無益さをより一層際立たせるのであった。
 と、次の瞬間、ハスラー将軍がクリスの前に歩み寄った。そして、クリスの目の前で平身低頭になる。
「クリス殿! 謝って許されることではないのは重々承知である。この私を殴るなり蹴るなり、好きになさるがよい。それでも気が済まなければ、剣で私の首を刎ねてもらいたい!」
 私はハスラー将軍の言葉を一言一言噛みしめる。部外者から見れば『この戦争で何名の犠牲者が出た』と数値的に物を言うことができるかもしれないが、当事者達はそうはいかない。仮に国王が「この戦争はモンスターに仕組まれたものだから、命を失った者はその命を諦めてもらいたい」などと国民に言って国民は納得するだろうか。
 クリスは、ハスラー将軍の前に屈みこむ。
「将軍様、お手をあげてください。確かに私の叔父はこの戦争で亡くなりました。ですが、真の仇を知った今、私の将軍様に対する恨み言などありませんわ。それに、叔父も兵士は常に殉職する覚悟が必要だと言っていました。叔父も悔いはないはずです。」
 クリスのその言葉を聞いた瞬間、ハスラー将軍は思わず号泣した。
「クリス殿……」
 どんなことがあっても部下の前では決して取り乱すことのない将軍であったが、部下のいない状況で漸く自分の本音を吐き出すことができたものと思われる。クリスの“赦し”を得たハスラー将軍は立ち上がると、まだ赤らんだ目で私に向き直った。
「クリス殿の叔父君(おじぎみ)の件も含め、殿下と私は民意による処罰を受けなくてはならない。アレク卿、そなたに頼みがある。」
「はい。何でしょうか。」
「私も女王陛下やフォルゲン伯爵に書状を認める。内容としては、
@偽者の殿下の差し金によるこの内戦の停戦を申し出たい。
Aロールシャッハにいる偽者の殿下の首を持って行くのでそれまで待っていて欲しい。
B偽者の首を差し出した暁には、戦争犯罪人の責務を負って私ハスラーの首も差し出す。
Cその代わり、本物の殿下に対しては寛大なる処分を願いたい。
この内容の書状をバイエルン城の女王陛下に届けてくれぬか。」
「わかりました。実は、私はこれから女王陛下への書状を届けるところなのです。ですが、Aの内容から察するに、将軍はロールシャッハに軍を向けようとしていらっしゃいませんか?」
「うむ。それしか方法はあるまい。」
「それでは今度こそ本当に将軍が叛逆者扱いされてしまいます。もっといい方法があります。聞いてもらえますか。」
「分かった。聞こう。」
「まず、@停戦の申し出とその理由については書いていただければと思います。A〜Cについては、今は結論を急がずに女王陛下の出方を待ってはいかがでしょうか。そして、偽者の公爵からの命令には従うふりをしていればよいかと。但し、総攻撃に関しては何かと口実をつけてできるだけ先延ばしにしてください。」
「承知した。そなたの言う通りにしよう。では、今から書状を認める。暫時待たれい。」
 ハスラー将軍が書状を書き終えた。私はハスラー将軍から書状を受け取る。
「では頼んだぞ。両国の平定はそなたにかかっておる。イザール大橋へは私が直々に案内しよう。そうすれば、誰も怪しむ者もおらん。」
 これはありがたい。まさに大船に乗った気分だ。
 イザール大橋に案内されている途中、将軍から密かに言われた。
「アレク卿よ。そなたはよい部下を持ったな。私は今の立場とこの顔つきから、もはや誰からも意見を言ってはもらえぬ。久しぶりにいろいろ言われたよ。恐らく私の部下達もお嬢さん方と同じような不満を持っている者もおるだろう。お蔭で私自身の言動を反省する良い機会を得られた。お嬢さん方には感謝しておる。私の周りに1人でもあのような部下がおれば、今よりはましな状況になっていただろう。私はそなたがうらやましい。お嬢さん方を大切にな。」
「あ……はい。」
 私は奥歯に物が挟まったような返答をした。そうか、私がうらやましいのか。人は思わぬところでうらやまれるものだ。
 あの女の子達、特にソフィーは正直者というか世間知らずというか。今の私の立場では絶対にあんなことは言えない。ある意味うらやましい存在だ……って、私がソフィーをうらやんでいる!



 今、私達はイザール大橋を渡っている。一見すると普通の光景だが、現状では誰にでもできる体験ではないだろう。ひょっとすると、誰かが我々をうらやんでいる?
 それはさておき、バイエルン城に急がなくては……。




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2019/11/08


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