魔人竜生誕


 俺の名前は羅田明。この街で個人経営の配管工場を営んでいる。
 昔も今も、これからも、この起伏のない人生が続くものばかりと思っていた。この日までは…。

 ある日、俺は得体の知れぬ『何か』によって命を奪われるハメとなる。それが何物かはわからない。だが、俺が死んだことは確かだ。俺が無限の暗黒空間を落ちていく中、眩(まばゆ)いばかりの光が俺を包み込んだ。次の瞬間、俺は全身に漆黒の鎧を装着していることに気づいた。背中には二枚の翼を思わせるものがあり、その姿は竜を思わせるものだった。
 どうやら俺は生き返ったらしい。しかし、何が一体どうなっているのかは未だわからない。俺を生き返らせた“主神”によると、俺は『邪魔神』の眷属に一度殺されたそうだ。しかし、俺の“主神”によって俺は”霊神将”という超自然の戦士に生まれ変わったらしい。
 ふと、俺の脳裡に新しい俺の名が浮かび上がった。今や俺はこれまでの羅田明ではない。その名は、霊神将 “猛竜・ジーレギオン”、またの名を魔人竜ジーレギオンという…。

 『魔人竜生誕』は、創土社の第一回ゲームノベルコンテスト入選作です。著者は新人ゲームブック作家の松友健氏です。この作品の原作から完成に5年かかったそうですが、5年熟成物というだけあり、その分中身の濃い作品となっています。
 まさしく、これは21世紀のゲームブックと言えるでしょう。いや、創土社風に言うならば「21世紀のゲームノベル」でしょうか。
 その理由は、冒頭に『21世紀初頭の日本』とあるのもそうですし、携帯電話やインターネットなどFFシリーズ全盛期の1980年代には普及していなかったものが出て来ているからです。しかし、それらは飽くまでも直接目に見えるものであって、実はあまり目立たない事柄からも「21世紀のゲームブック」であることが窺えます。それは、現実の世界で流れるようなニュースが冒険中の端々に出ているからです。それらの大半があまりめでたくない、寧ろ私利私欲の凶悪な事件であるあたり、2001年から5年の社会情勢を著者がどう見ているかが分かることでしょう。
 主人公は冒険の初めにおいて、戦闘能力を与えられ“霊神将”となります。霊神将に力を吹き込んだ者を、その霊神将の“主神”と呼びます。主人公の主神となる人物は3人おり、白蛇(ウンケ)との名コンビ譚か、少年と童心に帰るか、それとも少女とのラブ・ストーリーかの、3種類の全く違う冒険を楽しむことが出来ます。そして、どの主神になってもきちんとクリアできるようになっており、各々の秀逸な小説を楽しむことが出来るでしょう。
 今回出て来る能力値の中で特筆すべきは生神力という、霊神将としての経験値です。この生神力は、ただの経験値ではありません。レベルアップするごとに霊神将の自分と主神の過去との因果関係が明らかになってきます。ただ数値的にレベルアップするのではなく、物語の全体までもが明確になるという、本当の意味で“レベルアップ”する構造になっています。
 戦闘のシステムも、これまでにはない工夫が凝らしてあります。敵の防禦力が異常に高くとも、きちんと途中過程を経ることによって射程距離内に収まります。「敵の防禦力が6の倍数ならば6減らしてよい」というような斬新なアイデアが満載です。
 内容も、総パラグラフ数615とは思えないほどの文章量の多さと精密なパラグラフ構造です。中でも特徴あるのが林作品にも出てきた、フラグ・マトリクスという「一方通行型キーNo.管理」です。実は、この「一方通行型キーNo.管理」はエニックス文庫の『ドラゴンクエスト�掘Ν検戮砲盻个突茲燭發里任后�しかし、あれとは比べ物にならない程の精密さです。16種類のマトリクス番号の中には終始不変のものや“主神”の経験値に相当するものや特定のキャラクターとの信頼度、そして使いまわしの利くマトリクス番号など、プログラムソースをも思わせる構造です。命運指数は起こるべき事件の順序を指しており、この値によって遭遇すべき事件が若干前後します。手順前後も無論ありうるわけです。
 そして、何よりもこのゲームブックのこれまでにない特徴は、マルチ・エンディングの構造です。全部で22種類のエンディングがありますが、ただ一つのエンディングを除いて、どれも立派なエンディングです。どれが最高のエンディングかは、読者によって違うと思います。相棒と別れるエンディングや主人公自身が死んでしまうエンディング、新しい友人の出来るエンディングや普通の生活に戻るエンディング、そして自分の愛する人との文字通り『永遠の始まり』を象徴させるエンディングなど、様々です。自分の納得いく結果が出るまで楽しむのもまた一興と言えるでしょう。どのエンディングに行き着くかは、フラグ・マトリクスの値次第です。それぞれきちんと辻褄が合うようになっています。ところで、前述した“ただ一つのエンディング”ですが、これこそがこれまでのゲームブックにはなかったマルチ・エンディングの構造そのものです。私がこう述べた理由や、除かれたたった一つのエンディングがどの(何番の)エンディングかなどもう少し具体的な内容については、例によって研究室の方で詳しく分析してみることにしましょう。
 冒険の舞台がファンタジー世界ではなく、純粋に現代の日本を背景にしたこの作品は、まさしく“Sukoshi Fushigi”小説と言えるでしょう(この言い回し、前にも出てきたような気がする…)。
 このゲームブックのプレイのコツですが、基本的にはこの冒険に“著者罰”はありません。しかし、己の言動に一貫性を持たないとこのゲームのクリアはままならないと思います。中途半端な行為は却って身を滅ぼすもとになるでしょう。
 このゲームブックで敢えて苦言を呈するならば、言葉の使い方が間違っている部分が所々見られることです。例えば、0は偶数です。それから「憮然」はひどくがっかりしてぼんやりすることであって、決して「毅然」の類義語ではありません。
 とは言うものの、流石は5年熟成物だけあって、21世紀の新鋭ゲームブックの名に相応しい作品と言えるでしょう。読み出すと止まりません。現に私は夜の11時ごろ読み始め、ふと気づいたときには午前3時を回っていました。
 この作品を読んで、私も少し創作意欲が湧きました。20世紀末に書きかけの作品をリメイクして、新たに作り直すことにでもしましょうか(とは言え、予定は未定です…)。

 著者の松友健氏のHP『駄人間生誕』は以下の通りです。
 http://homepage2.nifty.com/matutomoken/index.html

2006/05/23


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