パンタクル


 ここは、森の国シャンバラー。数年前にこの地を襲った天変地異により、シャンバラーは死の冷気に包まれていた。シャンバラーの南には地底まで続くと思われるほどの深い亀裂が走り、その亀裂の向こうに出来た谷を「鬼哭谷」と呼んで恐れていた。
 シャンバラーのセフィロト王は、己の死の床に三人の息子を呼び寄せた。国王セフィロトの夢の中に現れたのは鬼哭谷に巣くう悪鬼だった。その悪鬼がセフィロトの生命を削ったのだった。悪鬼を倒す方法はただ一つ、鬼哭谷のどこかにある如意宝珠を探し出し、その亀裂に投げ込むことだけだと王は言い残し、そして息を引き取った。
 セフィロト王亡き後、長男ケテルの戴冠式が執り行われたが、まるで葬式のようだった。
 三男ビナーは軍勢を引きつれて鬼哭谷に向かったが、それっきり帰って来なかった。
 末弟ケセドは、六本足の馬アドニラムとともにこっそりと城を抜け出した。その途中、ミンダルカムイと名乗る旅の医者と出会い、一緒に旅をするようになった。そして、ついに鬼哭谷へ渡る唯一の吊り橋が見えてきた。ミンダルカムイが先に渡った…次の瞬間、吊り橋が崩れ落ちた。ケセドとアドニラムをシャンバラー側に残して。ケセドはミンダルカムイを必ず迎えに行くと言い残し、立ち去った。
 ミンダルカムイは、ケセドの姿が消えると途端にそれまでの変装を解いた。――実は、このミンダルカムイこそがシャンバラーを追放されたセフィロト王の次男メスロンだったのだ。メスロンは、ケセドから、自分を追放したセフィロトが後悔していることを聞き出していた。それを知った今、メスロンは決意した。兄弟を危険に晒すことなく悪鬼を倒し、故国シャンバラーに平和を取り戻すことを。
 …この、セフィロトの次男メスロンこそが主人公である。

 『パンタクル』は、日本有数のゲームブック作家である鈴木直人氏の作品です。
 『ドルアーガシリーズ』『スーパーブラックオニキス』を経て、ついに鈴木直人氏のオリジナル作品が登場しました。今回は、ドルアーガシリーズの『魔宮の勇者たち』や『魔界の滅亡』に登場した、英雄ギルガメスの戦友メスロンが主人公です。
 一説によると、『パンタクル』は『火吹山の魔法使い』や『ソーサリーシリーズ』にも優るとも劣らぬ作品とも言われています。それは、たったの500項目とは思えないほどの濃密なパラグラフのつくりと物語背景の描写などが挙げられるからだと思います。
 内容は、大まかに分けて5部構成となっています。
 まず、第一部は末弟ケセドと別れてから夜叉の宮殿の地下まで(105〜457)、第二部は目の前で如意宝珠を掠め取った緊那羅を追いつめて倒すところまで(341〜264)、第三部は降りしきる雨の中牛頭天王の力を借りて空中庭園で迦楼羅と戦い如意宝珠を手に入れるまで(299〜355)、第四部は大太法師と迦陵頻の力を借りて摩羅迦(まごらか)を倒すまで(466〜274)、そしてクライマックスの第五部は鬼門石窟内の“奈落より深い亀裂”に如意宝珠を投げ込むまで(274〜500)というところです。各部をクリアするには、様々な手がかりを元にして頭を使うことになります。
 能力値ですが、今回は新たに魔力ポイントなるものが登場します。鈴木作品の大きな特徴の一つとして、4番のパラグラフというのがありました。今回は更にもうひとつ加わります。それは、11番超能力の尽きたパラグラフということです。どちらにせよ、特別な手立てのない限りはその時点でゲームオーバーとなります。この11番ですが、『ティーンズ・パンタクル』にも出てきます。
 魔法も“天才魔法使い”らしく、最初から15種類の魔法を使いこなせ、更に項目数を最小限に留める工夫がされています。『ソーサリーシリーズ』のシステムが英ジャクソンの知的所有権とすれば、『パンタクル』のシステムは鈴木直人氏の知的所有権と言っても過言ではないでしょう。
 この冒険に出て来る「干支コンパス」ですが、これは鬼哭谷でのメスロンの位置を指し示すのに使われます。最初は何が何だか分からないかもしれませが、冒険が進むにつれてこの干支コンパスの使い方がわかるもしれません。
 最後の鬼門石窟の迷路も、一階部分の動かし方によって上下の階の一部分にだけ行かれるなど、項目数を増やさずに複雑な構造にすることに成功しています。1980年代に既にこれだけの構造が構築されていたのですから、鈴木直人氏の工夫ぶりにはほとほと頭の下がる思いです。
 そして、見落とせないのが「双方向型システム」で前に倒した敵がもう一度出てきたときの経験値の処理です。古川尚美氏の『ドラゴンバスター』は各能力値に(倒した回数分+1)を乗ずるという処理ですが、これだと敵が桁外れに強くなっていくきらいがあります。また、林作品の『ウルフヘッドシリーズ』では「初めて倒した場合だけ経験ポイントを増やせる」システムですが、これだと前に来たかどうか忘れる可能性(そしてズルする可能性)もあるわけです。鈴木作品では、漢字記号を経験値にしています。そして8ポイント溜まるとレベルアップですが、ここで同じ記号は二つ以上書けないという規則を設けています。これで、重複することもなければ忘れることもなく、しかも無限に強くなってしまうという“裏技”を防げるわけです。
 運試しシステムはFFシリーズの模倣と著者自身が述べていますが、そこはそれ、別に盗作とも何ともあまり騒がれぬ様子です。これは、遅咲きの猛者の一人である綾小路きみまろ氏同様、最初から素直に謝っている姿勢が実に気持ちのよいものとなっているからでしょう。
 こうしてみると『パンタクル』は、かなりクリアするのが難しいゲームブックです。しかし、手ごたえやプレイのし甲斐は120点です。
 しかし、これだけ優れている作品でありながらも、東京創元社版ではいくつかの論理的欠陥が見られました。そこで、2002年に創土社から復刻版が出版された際には、それらの論理的欠陥はある程度直されています。しかし、それでも尚論理的欠陥があったりして…(誤植などもそうですが、もっと別の論理的欠陥も見受けられました)。これについては、研究室の方で述べることにしましょう。
 この作品は、どことなく「映画ドラえもん−のび太と鉄人兵団−」と共通する点があるなあと思いました。
 リルルがメカトピアの者だとすれば、迦陵頻も鬼の世界に棲む者なのです。「リルル(迦陵頻)がメカトピア(鬼の世界)の者でなかったらなあ…」と思ったのは、私だけではないはず、で・す・が……、真偽のほどは如何に(笑)…。

 …ところで、魔道師メスロンの誕生日は66年6月6日ですが、これはもしかすると、鈴木直人氏の誕生日なのかもしれません。真偽のほどは定かではありませんが、もし本当だとすると、ついに日本を代表する作家も今日で大台…。
 と、メスロン生誕40周年の日に独り言をつぶやきました(笑)。

2006/06/06


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