展覧会の絵

あなたのPC環境ではBGMが流れないようです。

 ここはリモージュの市場。この町に昨夜たどり着いた一人の楽師がいた。
 この楽師は自分の名前を知らない。それどころか過去の記憶すら一切ないのだ。気がついたら琴を片手に吟遊詩人として旅をしていた。町から町へと旅を続けていれば、いつか自分のことを知っている人に巡り会えるかもしれない。そんな一縷の望みを持ち続けながらこの半年間生きてきた。
 楽師が町を歩いていると、ある店の前にある一枚の絵が目についた。その絵は、地底の宝を守るノームの絵だった。この絵は確かどこかで見たことが――と、そのとき、その店の商人が楽師の目の前に現れた。その商人が楽師の顔を見た途端、声をあげた。どうやら、この商人は楽師のことを知っているらしい。楽師は自分が一体何者かを商人に聞いてみた。しかし、商人はすぐそれを教えるわけにはいかないという。商人はただ道を指し示すだけで、あとは楽師自身で答えを探す必要があるらしい。
 楽師は、商人からガーネット――1月の誕生石を受け取った。……と、あたりが暗くなっていく。楽師は、さっきまで見ていたノームの絵の中に放り込まれたのだ。こうして、楽師は10枚の絵を彷徨う、文字通り旅人となったのだった……。
 この、自分の記憶を追い求める、名もなき楽師こそが主人公である。

 ゲームブック版『展覧会の絵』は、1987年に東京創元社から出版され、2002年に創土社から復刻版として出版されました。著者は森山安雄氏です。イラストは、原版(東京創元社版)の幻想的な雰囲気を醸し出す米田仁士氏から復刻版(創土社版)は伊藤弥生氏に変わっており、この作品の背景や雰囲気がだいぶ変わっています。これは好みの問題ですから一概には言ませんが、私個人としては米田仁士氏の方が好きです。
 『展覧会の絵』は、モデスト・ペドロヴィッチ・ムソルグスキーというロシアの作曲家が1874年に完成した洋琴(ピアノ)組曲です。地底の国に棲むノームから始まり、砂漠にある古城、美術館、牛の群れ、小鳥と雛、仲違いをしている兄弟、リモージュの市場、地下の墓場、時計のある小屋、そしてキエフの大きな門という10枚の絵のテーマ曲とそれらをつなぐ5つの「プロムナード」という間奏曲という構成になっています。この組曲の詳細は音楽関連のホームページに載っていますし、創土社版では100番ごとに著者の詳しい解説がありますので、それらを参照されると良いでしょう。

 この作品でもサイコロを使用しますが、使用するサイコロは『バック・トゥ・ザ・フューチャー』と同じく1個だけです。ルールは、最初から詳しくは説明しておらず、一枚目の絵に出てくるノームが379番で説明しています。この作品には技術点や体力点などといった数値はなく、これらの能力も全て「琴の能力」に付随する形になっています。体力点に関する事柄が必要になったときは、例えば185番のように「あと2つの扉を開けたときに蠍の毒が消えていない場合はゲームオーバー」と、うまい処理がされています。
 このゲームにおいては、琴が主人公の命よりも大切です。琴を壊したら最後、永久に絵の世界に幽閉されてしまいます。
 琴と同様、この冒険で重要な品物は「宝石」です。ガーネットが1月、アメジストが2月、ブラッドストーンが3月、ダイアモンドが4月、エメラルドが5月、真珠が6月、ルビーが7月、サードニクス(紅縞瑪瑙)が8月、サファイアが9月、オパールが10月、トパーズが11月、そしてトルコ石が12月の宝石とされているようです。私は「誕生石」というものがあることをこの作品で知りました。
 一枚一枚の絵を抜けていくのが「ステージクリア」という達成感をかもし出しており、こういったつくりもなかなかのものです。そして、最後の絵――この物語の結末ですが、決して避けることの出来ない悲しい「別れ」を思い出すことになります。「展覧会の絵」が、いかなる経緯で作曲されたかに詳しい方はもうお分かりかと思いますが、これこそが「展覧会の絵」のクライマックスとなっています。テラホー*スの主題歌に“♪1000年は1秒の夢〜”とありますが(ふ…古い……)、まさしく“あちらの世界”と“こちらの世界”では時の流れが違うということですね。
 十枚の絵の物語には、それぞれ生きていくうえでの教訓が描かれていると思います。私が個人的に印象に残っている物語は6枚目の、遺産をめぐって仲違いしているサミュエル・シュミイレ兄弟です。兄のサミュエルは宝物庫のある屋敷を相続し、弟のシュミイレはその宝物庫の鍵を相続します。つまり、お互いの持っている物は協力しない限り決して役に立たないのです。遺産相続を済ませたのに、遺産どころかそれよりも大切な物を失っているのがうかがえます。遺産に関する諍(いさか)いは私の身近にも起きており、決して他人事とは言えません。
 しかし、この作品においても少し残念な点があります。
 まずは、379番のルール説明が非常に分かりづらいことです。「弦の色の歌」という欄には何を記入すれば良いのか(数字なのか、旋律の種類なのか、それとも他の何かなのか)、私は未だにはっきりと分かってはいません。おそらくこれは、113番において金・銀・銅の3種類の箱のうちの1つを選んだときに、金は“和解”、銀は“魔除け”そして銅は“戦い”の旋律が「弦の色の歌」となることを意味するのだと思いますが、原版も復刻版も「弦の色の歌」「和解の旋律」「魔除けの旋律」「戦いの旋律」の欄が全て同じであり、全ての欄に数字を入れるものと錯覚してしまいます。また、379番の説明において「弦の色の旋律」などというアドベンチャーシートの欄にはない値があります。これは恐らく「弦の色の歌」のことだと思いますが、その保証はありません。こういった統一性のなさは混乱の元となります。これならば、51番(金)、313番(銀)、4番(銅)において

「弦の色の歌」「和解」(「魔除け」もしくは「戦い」)と記入すること。

などという指示を出して欲しかったところです。375番においてこの冒険のルールのまとめがありますが、このまとめも回りくどく、お世辞にも分かりやすい説明とは言えません。これならば「各旋律が必要なときにその旋律が残っていなければEND」という方がよほど分かりやすい説明です。これではせっかく技術点や体力点などの能力値を全て3つの旋律に集約した良い構造も台無しになってしまいます。この分かりづらい説明は復刻版でも直ってはいませんので、これらに関する私の解釈を「研究室」に載せることにします。
 もう1つは、クリアに重要なバーバ・ヤーガの宝石の入手をサイコロ任せにしているところです。宝石によってはサイコロ運が良くないと手に入らないものもあります。「どんなに正しい選択をしていてもサイコロ運が悪ければ手に入れられない宝石がある」よりは「間違った選択さえしなければ全部の宝石を手に入れられる」方が好ましいのです。サイコロ運でクリアに重要なアイテムの入手を左右させるようでは双六と何ら変わりはありません。
 しかしながら、このような些か理不尽な点はあっても、実際にプレイしてみると組曲とゲームブックをうまく織り交ぜている秀作であることが分かります。流石は復刻版として出版されただけのことはあると思います。私が初めて『展覧会の絵』をプレイしたときは、技術ポイントや体力ポイントといった数値がないので物足りなさを感じましたが、復刻版が刊行された後改めてこの作品をプレイしてみて、この作品の味わい深さに感心しました。確かに他のファンタジーゲームブックと比べると、『展覧会の絵』は激しく目立った演出は多くありませんが、しかし、ピアノ組曲を基にした作品ならではの味わいが感じられるゲームブックと言えるでしょう。剣術ではなく楽器演奏での勝負こそが真の楽師の闘い方といえるかも知れません。

 ところで、15年の時を経たあとがきですが、東京創元社版では著者を応援してくれた女性が15年の月日を経て創土社版では著者の奥さんになっています。こういった時の流れも風情のあるもの(?)です。

2007/05/27


直前のページに戻る

トップに戻る


(C)批判屋 管理人の許可なく本ホームページの内容を転載及び複写することを禁じます。