モンスターの逆襲

モンスターの逆襲

　ここは、森の奥の地下迷宮。この地下迷宮には、ささやかな財宝を守りながら自給自足の平穏な生活を送るゴブリンたちが棲んでいた。
　そんなある日のこと。地下迷宮に棲むゴブリンの一人が狩猟から帰ってきたとき、ゴブリンは廃墟と化した地下迷宮を目の当たりにした。わずかに生き残った仲間によると、四人の人間がこの地下迷宮を襲ってきたらしい。仲間の大半は殺され、四人の人間は財宝を掠奪して行ったという。
　ゴブリンは、これまで味わったことのないほどの怒りと悲しみに包まれた。なぜ人間たちは自分たちゴブリンを襲うのか。自分たちは何も悪いことはしていないのに、人間は自分たちゴブリンを殺して財宝を奪うことを「正義」とか言っている。それは「正義」なんかではなく「悪」ではないか。
　そうは言っても所詮はゴブリン。人間に襲われたら泣き寝入りをするしかないのか――しかし、次の瞬間、ゴブリンの脳裡に浮かんだことがあった。それは、奪われた黒いヒスイのことだった。あの魔法のヒスイを手にして呪文を唱えると別の生き物に変身できるのだ。
　このとき、主人公は誓った。命ある限り、村を襲った四人を天の果て地の果てまで追いかけ、必ず復讐を果たすことを。そして、そのためには何としてでも魔法の黒いヒスイを手に入れることを。こうして、ゴブリンの長い復讐の旅が始まった……。
　このゴブリンこそが主人公である。

　『モンスターの逆襲』は、関西のＳＦ作家山本弘氏の作品です。山本弘氏と言えば、様々な本を研究している「と学会」と呼ばれる研究会の会長であることや「棒の手紙(以前社会問題になった“不幸の手紙”が変化したもの)」を徹底分析した人物ということなどで知られています。
　このゲームブックの大きな特徴は、人間とモンスターの立場をひっくり返した作品――つまり主人公がゴブリンであることです。モンスターの中でもかなりの“格下”に属するゴブリンがどんどん強くなっていくところは、コンピューターゲームの『ウィザードリィⅣ～ワードナの逆襲～』を思わせます。
　この「オリジナルゲームブック」シリーズはFFシリーズのルールなどとは異なる独特のシステムがあることで有名ですが、その中でもこの作品はストーリー性にもパラグラフ構造にも富んでいます。この本の初版が1988年4月ですから、昭和の時代に既にこれだけ精密な構造が出来ていたということになります。20年近く経過した今でも、その構造の精密さにはただただ驚くばかりです。
　本作品は全部で450項目あり、4つの章(1章～3章は各100項目ずつ、第4章は150項目)から構成されています。主人公の故郷を廃墟にした四人を一人一人追っていくことになります。各章とも区切りの良い項目数に区切られていますので、自分が今第何章にいるかがはっきりとわかります。
　主人公は、黒ヒスイを見つけるごとに別の生き物に変身することが出来ます。しかし、憎き四人の仇も復讐が進むに連れてどんどん強くなっていきます。一人目のランブルは力さえあれば倒せますが、二人目のグレンや三人目のブリンケンになるともっと強力なモンスターになる必要があります。最後の宿敵ストームシャドウに関しては考えうる限りの最強の怪物になっている必要があるわけです。いつまでも同じ生き物では先へ進めず、また、変身する生き物によってはゲームオーバーとなることがあるので、先のことを考える必要もあるわけです。黒ヒスイによっては、パラグラフジャンプが必要な秘密の場所に隠されているものもあります。『サイボーグを倒せ』と同様、インチキをしてもそれが発覚するような構造になっています。
　この作品の構造は見事と言う他はありませんが、その中でも特に私が気に入っている部分を述べることにします。
　321番の「通路を曲がるときの操作を繰り返し、301～450までの数字を得られたらその番号に進む」という構成は大したものです。まだパソコンが普及していなかった当時の汎用計算機でプログラムを作成したとすれば尚更です。論理回路という面からしても、この作りは秀逸です。
　また、379番(または表紙カバー)のサティンが人間の姿で氷の塔に閉じ込められているときの「モンスターの基準で見ればひどく不細工」という表現はなかなかのものです。これは「『誰が見ても美人(ブス)という女性』はこの世に一人として存在しない」のと同じ論理です。こういった、人間とモンスターの美的感覚の違いを楽しむことが出来るのもこの作品の長所だと思います。
　逆に、今だからこそ気づいたこの作品の改良点も述べることにしましょう。
　黒ヒスイを手に入れて変身する際、同じ章の複数の項目で同じ生き物を扱っている項目を全て一つにまとめ、直前の項目番号で変身が終わった後に進む項目番号を控えておき、変身が済んだらその番号に進むという形式をとると項目数の節約になります。
　また、第2章の地下墓地において、レイスとの戦い(152番、159番)でレイスに殺されたときの処理に一貫性がありません。これは重箱の隅を楊枝でほじくり過ぎているかもしれませんが、こういった細かな処理の抜けを見逃さないのもゲームブック作家の技量の一つといえるでしょう。
　とは言え、これらも今だからこそ言えることです。過去の作品にはない発想や工夫を盛り入れ、そして進化していくものかもしれません。20年前に、たったの450項目でこれだけの要素を盛り込んでいる作品が既にあったという見方がより適切といえるでしょう。
　さて、この冒険のエンディングですが、なんとマルチエンディングです。ストームシャドウの洞窟で最後の黒ヒスイを見つけてドラゴンになった場合に限り、シェイナの求婚者フリントとの決着があります。フリントと和解出来れば文句なしですが、そうでなくてもとりあえずは「最良のエンディング」となります。しかし、その他の生き物でも復讐を果たしたということでそれはそれとして良しとする、というエンディングもあると思います。どのエンディングが良いかは読者に委ねるというところでしょう。ちなみに、私がサティンと結婚する場合は、結婚式にはかつての仲間であるゴブリンを招待します！

　この冒険を終えてからしばらくの間、他のFFシリーズなどで妙にゴブリンに憐れみを感じ、無駄に喧嘩を売らなくなったことを覚えています(笑)。

2006/12/10

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