炎の神殿


 …ここは、忘れられた墓所。この地下室に3人の人物が立っていた。<狂える魔道士>ダモンティールヴァレドール、そしてパラドスの《竜の騎士》と呼ばれる主人公だ。今まさに、この墓所の財宝が手に入ろうとしていた――次の瞬間、主人公とヴァレドールは落とし穴に飲み込まれた。ヴァレドールは暗黒の深淵に吸い込まれた。主人公は辛うじて落とし穴の縁にかじりつくことが出来た。主人公は、罠にかからずにすんだダモンティールに引き上げてもらおうとした…しかし、ダモンティールはこともあろうに主人公の手を踏み躙った!主人公は奈落の底へと落ちて行った……。

 主人公はがばっと跳ね起きる。いつもの夢だった。あのとき、確かに主人公は奈落には落ちたものの、幸いにも岩棚にひっかかり命だけは助かった。あの日以来、ただの一日とて、いやほんの一瞬たりとも憎きダモンティールのことを忘れたことはなかった。
 ここは船の上。主人公は手下の水夫を従え、《炎の神カタクの神殿》を探す旅に出かけたのだ。主人公の脳裡にはあの日のことが思い出されるのだった。この旅に出かけるきっかけとなった一冊の書物を見つけた日のことを――。
 ――偉大なるパラドスの首都アクタンの図書館に隠されていた一冊の古文書が《炎の神カタクの神殿》の場所を指し示していたのだ。そして、その《炎の神殿》には、伝説の秘宝“カタク神の黄金の偶像”があるという。図書館の司書の話によると、この本を数週間前に閲覧した男がいるらしいのだが、司書はそれが誰かを思い出せないでいた。しかし、主人公には心当たりがあった。あの男だ。この世で最も憎きあの男しかいない。――
 主人公を乗せた船は、ついに《炎の神殿》のあるジャングルの入り口に到着した。腰には剣を佩び、甲冑の帯紐と締め金を留めた主人公は、部下達にここで待っているよう命じ、ただ一人ジャングルへと踏みしめて行った。ジャングルで、ふとしたことからクモザルのミンキーと旅を共にすることになる。こうして、一人と一匹は《炎の神殿》を目指すことになった…。

 『炎の神殿』は、GDFシリーズ第三作目です。著者はデーヴ・モーリス&オリバー・ジョンソン両氏、訳者は山本圭一氏です。
 首都“アクタン”ですが、この後の作品に良く出てきます。都市の名前だったり人の名前だったり…。
 このシリーズは、大きく分けて3部構成になっています。
 まず、第一部はミンキーとの出逢い〜炎の神殿入口までです。これまでの2巻は、主人公は終始一人でしたが、今回はGDFシリーズ初の旅の友が登場します。クモザルのミンキーです。ミンキーとの出会いは、ジャングル内でした。主人公とミンキーは、最初お互いの命の恩人(恩猿?)同士となります。ミンキーは蛇から主人公に救ってもらい、主人公は流砂からミンキーに救ってもらいます。こうして主人公は、一匹のクモザルと対等な間柄になるわけです。船に大勢の仲間がいても、主人公は誰からも対等な口を聞いてもらえませんでした。何しろ“殿様”ですから。つまり、主人公は船の中では心理的には完全に孤立していたのです。それが漸く対等な関係にある存在にめぐり逢えたのは、主人公にとって非常に幸運なことでしょう。それが人間か猿かは関係ないわけです。こうして、主人公は新しい仲間を連れて炎の神殿に向かいます。
 第二部は、炎の神殿の前半部分(途中でダモンティールと出遭うまで)です。不気味な雰囲気を醸す炎の神殿も、ミンキーがいるだけで心強いものです。こうして主人公はミンキーとの親交を深めて行きます。そして、神殿の心臓部へと続くトンネルを下ったとき…憎きダモンティールが登場します。ミンキーはダモンティールにあえなく殺されてしまいます。これでダモンティールを討つ理由がまた一つ増えます。唯一人、いや唯一匹の友達と呼べるかけがえのない存在を殺された怒りは、ダモンティールの死を以てでしか治まらないわけです。
 第三部は、ダモンティールの前に立ち(はだか)った強敵サルサ・ドゥームとの戦いの後の後半部分(神殿の心臓部の部分)です。ミンキーを失った主人公の怒りと悲しみは頂点に達します。260番の“友と思い親密な仲となったミンキー”という表現や100番の“もっとも大切な友人”という表現がそれを物語っています。銀色の湖(145番)では、ついにGDFシリーズ初めての「アイテムの欠如によるDEAD END」です。カタクの神殿の再奥部へと通じる湖を渡る手段がない場合、デッドエンドとなります。GDFシリーズもさすがに3巻目まで来ると『吸血鬼の洞窟』のようにはいきません。
 最奥部への湖を渡ると…いました、宿敵が。ダモンティールそのものは、224番で自分で言っている通り大した敵ではありません(むしろ手下の悪夢兵の方が強いくらいです)。しかしダモンティールは魔法が強力で、ダモンティールと戦うためには、少なくとも主人公と同じ強さを持つ敵と戦い、<赤い廃墟の指環>からの電撃を2回避けなくてはなりません。まさしく、224番の“いつも自分だけには危険が及ばないように身を隠しているダモンティール”らしい行動です。この表現はダモンティールの悪辣さをなお一層引き立たせていて秀逸です。
 こうしてみると『炎の神殿』は『吸血鬼の洞窟』よりも難易度が数段上であることがわかります。罠も、より強烈なものが目立ちます。立派な短剣の幻影の毒蜘蛛(131番)や心の鎖を造りだすペンダント(191番)や煙の霊(207番)、そしてピラミッドの中心地への長い縦孔(245番)など様々です。GDFシリーズも巻を重ねるに連れて難しくなるのは決して悪いことではないのですが、PSIポイント敏捷ポイントの最大値がせいぜい9〜10の設定でサイコロ3個の判定はちょっと厳しいと思います。無論、これらを簡単に回避できるアイテムはあるのですが…。
 また、21番でいきなり「あなたはミイラと化した神官たちの呪いをはねのけることに成功しただろうか?」と問われても130番を素通りした人には何のことか分かりません。呪いも何も降りかかっていないのに、はねのけに成功も失敗もないだろう、というところです。原版に「忠実」な訳も大切かもしれませんが、ここはやはり212番のように「あなたは神官の呪いに屈したのだろうか?」と表記した方が分かりやすいでしょう。
 そうは言っても、『炎の神殿』は最初から目的のはっきりしている分読み応えのある作品です。
 この作品で、私が個人的に「なるほど」と思ったことがあります。それは、蛇の毒と蠍(さそり)の毒は違う性質のものであるということです。22番に出て来る黄金のサソリに一回でも刺されると、毒が回ってきます。その時、蛇毒の解毒剤を飲むと毒薬(42番)となります。蛇毒の解毒剤は飽くまでも蛇に咬まれたときの解毒剤ということなのですね。強力な薬も、用途を誤ってはならないという著者の経験に基づいた教訓かもしれません。

 全6巻中、この作品にだけは「あとがき」がありません。そこで、私なりに考えた『炎の神殿』の「あとがき」を書いてみることにしますが…例によって研究室の方にて(このセリフはこれで何度目だ?)。

2006/07/07


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