吸血鬼の洞窟


 ウィストレンの森に夕闇が迫っていた。氷のような雨風を頬に受けながら、主人公はこの森に纏(まつ)わる数々の不気味で恐ろしい言い伝えが本当ではないかと思い始めた。遠くで狼の吠え声が聞こえる。日が暮れてから森で狼に襲われたら大変なことになる。主人公は足を速めた。
 と、主人公の前方に、苔と蔦に覆われた高い石の壁が見えてきた。その石の壁伝いに歩いていくと、やがて狭い門に行き着いた。この門の向こうに屋敷があるに違いない。そこで夜を過ごそう。門の向こうの様子は分からないが、狼たちに襲われるよりはまだましだ。主人公はそう思った。
 しかし、主人公はまだ知らなかった。この屋敷こそが『吸血鬼の洞窟』と噂される、かの悪名高いテネブロン屋敷で、この屋敷の危険に比べればウィストレンの森に棲む狼などほんの仔犬に過ぎないことを…。

 『吸血鬼の洞窟』は、記念すべきGDFシリーズ第一作目です。著者はデーブ・モーリス、訳者は鎌田三平の各氏です。
 この話はどこか『地獄の館』と似た背景がありますね。『地獄の館』でも、嵐から逃れるために桁違いな危険に満ちているドラマーの館に入ったのですが、この『吸血鬼の洞窟』も、狼から逃れるために桁違いな危険に満ちているテネブロン屋敷に入っていくことになります。
 この作品は、最初の作品だけあって非常に単純なつくりとなっています。アイテムを間違えたり、PSIポイント判定に失敗しない限り、アイテムの欠如でデッドエンドになることはほとんどありません。極端な話、地下室入口の手前にあるハーカス神父の部屋でもらった強力なアイテムさえ保持しておけば、あとは途中の部屋を全て素通りしてもテネブロン卿と対決することが出来るのです。
 この作品で私が個人的に気に入っている「著者罰」は、魔女が最初に「出て行け」と言ったときには出て行かず、ミアズモイトを出されて形勢不利になってから「出て行く」と態度を変えるところです。268番で、魔女が「この卑怯者め、あたしがいった時に、さっさと出ていけばよかったのさ」と言って主人公に襲いかかるのも肯(うなず)けます。こういう「弱い者に強く、強い者に弱い」ような嫌な奴は、私の中学時代にもいました。こういった日和見な態度にはもう少し罰を科すところです。FFシリーズでこのような振る舞いをしたら運点3以上は奪いたいところですね。
 しかし、翻訳に関してひとつだけ難点を挙げるならば、ハーカス神父からもらう魔法の薬の名前は「強い意志の薬」か「鉄の意志の薬」のどちらかに統一して欲しかったところでもあります。大体意味はわかるのですが、もらったときと使うときのアイテム表記が違うのは混乱の元になるからです。
 とは言っても、この作品は項目数290とは思えないほど内容がしっかり詰まっています。中でも、終盤入口での「サファイアの罠」は素晴らしいアイデアです。この「罠」は、単なる「罠」ではなく「未来を見ることのできる罠」なのです。これとはまた別の形で5巻『ドラゴンの目』にも出てきます。

 ところで、この本の巻末にある目録のページを見てみると、初めからウィストレンの森の奥深くに乗り込んだような感を受けますが、実際に1番から始めるとどうやらそうではないようです。『地獄の館』と同じように、狼から逃れるためにたまたまテネブロン屋敷に迷い込んでしまったような気がします。「背景」も何もなくいきなり1番からスタートしますので、どうも目録の説明は、この作品には合っていないようです。東京創元社は、読者の気を惹こうとする余りちょっと勇み足をしたようですね。(もしかすると、これを書いている私が勇み足かもしれない…)。

2006/03/28


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