カイの冒険

カイの冒険

　今とは別の時間、別の世界でのお話です。
　太古の昔、天神アヌはブルークリスタルロッドを造りだし、バビリム王国の天空高くに掲げました。その青い光はバビリムの永遠の平和と繁栄を約束するものでした。そして、愛と戦いの女神イシター、冥府の女神エレシュキガル、勇気の神エンキの四人によって、バビリムは護られていました。
　ところがある日、ドルアーガという悪魔がこのバビリムに攻め込んできたのです。ドルアーガは己の本拠地である塔を建設し、落成後バビリムを攻めて来ました。そして、ついにブルークリスタルロッドをバビリムから奪うことに成功したのです。ブルークリスタルロッドがなくなってからは、バビリムは破壊と混沌に包まれました。王国一の騎士ギルガメスも敵の手によって重傷を負わせられました。ギルガメスの恋人でもありイシターの巫女でもあるカイは、ある日、女神イシターからの託宣を受けました。ブルークリスタルロッドをドルアーガから取り返すのはカイしかいないと。
　カイは、イシターの神殿に向かいました。そして、女神イシターの命を受け、ドルアーガの塔に出発します…。

　『カイの冒険』(The Quest of Ki)は、鈴木直人氏の「ドルアーガ三部作」の前日談となる作品です。『カイの冒険』をクリアした後、ギルガメスがドルアーガの塔へ赴くまでの流れが描写されています。この作品は「ドルアーガ三部作」よりも後のものですが、ストーリーの流れからすると、この作品が先となります。エニックスの「ドラゴンクエスト」の順序がⅢ→Ⅰ→Ⅱとなっているのと同じですね(えっ、違う？)。既に『ドルアーガシリーズ』が出来ている状態での“前日談”は難しいのですが、この本は割合とコンパクトにまとめられており、なかなかの作品です。
　この冒険では、サイコロは使用しません。その代わり、アヌ(1)、イシター(2)、エンキ(3)、クオックス(4)、エレシュキガル(5)、そしてドルアーガ(6)という6種類のカードを使用します。数字を使う場合もありますし、絵柄を使用する場合もあります。これら6枚のカードは、一旦引いたら全部のカードを一通り引くまで除外されます。これは確率論で言う「非復元抽出」です。3番に「このカード、本当に未来を少し占うことができるのです。」とありますが、これは単なる確率の問題ではありますまいか。しかし、こういった表現も乙なもの(？)です。
　武器や防具や所持品なども単純化してあり、これはこれで個性を出しています。「ドルアーガ三部作」はこと細かく1階～59階までの構造を構築していますが、『カイの冒険』は塔の7階層と天上界の7階層という単純なつくりです。また、各階は迷路ではなく謎解きが主となっています。
　さて、冒険の内容ですが、この冒険はカイの裸なくしては語れません！カイは何かにつけて裸にされます。ゲームブック者の一部の間では
カイの冒険＝脱ぎゲー
という図式が成立しているそうです。何しろしょっぱなの1番からいきなり裸になるのです。カイが裸のときにイシターの神殿に参拝する人が来たらどうするのでしょうか。そして、ドルアーガの塔の階層を上がっていくうちにイシターの秘宝を一つずつ奪われ、エレシュキガルの7階層に到達する頃にはまたもや丸裸にされるのです。また、5階層の小屋の中(186番)でも裸になりますし、死の番号(399番、479番)に行き着いたときも裸にされるのです。ここまで来ると、この冒険はいかにしてクリアするかというよりはいかにしてカイを裸にするかの方が目的のような気がしないでもありません。
　それでは『カイの冒険』について全般的な批判のメスを入れることにしましょう。
　「ドルアーガ三部作」が迷宮中心なのに対し、『カイの冒険』は各階層の関門が全般的に謎解きになっています。各階層ともそれぞれ違った解決策を要し、これは読者を飽きさせない構造になっています。各謎解きには頭を使います。特に、天の5階層の4×4盤チェスとかは悩ませられるかもしれません(私は一発で解いてしまいましたが)。各謎解きは小学生以下の人には難し過ぎるかもしれませんので、例によって例の場所にて…。
　しかし、残念な点もいくつか見受けられます。
　まずは、無駄なパラグラフが多過ぎで、その割にはパラグラフを多く割くべき所に割いておらず、その結果お粗末な構造になっている面があります。350番は武器戦闘を一度に集めていますが、これだけのパラグラフを割いている割には、戦う相手が限られています。実際に武器戦闘をするのはマンティコア(1階層)、リザードマン(4階層)、エンキ(6階層)、ビボルダー(天の4階層)のたった一人と三匹だけです。また、パラグラフの使いまわしも出来ているとはお世辞にも言えません。塔の7階層において、真実を映す鏡(38番)の時も、ドルアーガのカードを引いたときの表現(98番)と、それを認めたときの表現(118番)が一致しません。98番は「心は青空のように清らか」とあるのに、なぜ118番は「人々を欺く偽善的な醜い姿」とあるのでしょうか。「真実」を映す鏡がなぜ「真実でない」ものを映しているのかがわかりません。恐らく著者は「ドルアーガ」のカードを「逆」の効果として使いたかったのでしょうが、これは描写から見ると論理的に誤っています。パラグラフを変に使い回そうとするあまり、構造が変になってしまったのかもしれません。
　また、この冒険で使用するカードですが、結果的に『仮面の破壊者』の二の舞を演じています。サイコロの代わりにカードを使う発想は良かったのですが、6回に1回は能力値判定を必ず失敗させる(ドルアーガのカードを引く)結果となり、サイコロ運で難しくするのと同程度の稚拙さは否めません。
　それから、これは私がこの本の初版が刊行された1990年から思っていたことですが、裸になるときの表現が適切ではありません。これは“生まれたまま”の姿ではなく“生まれたとき”の姿というのが正しい表現です。意味は通じるかも知れませんが、文法的にみると少し変です。
　また、初版のキャラクターシートには印刷ミスがあります。カイの負傷段階ですが、ねんざ→骨折→出血→不可となっています。正しくはねんざ→出血→骨折→不可です(巻頭のものも、投げ込み(ピンクの文字)のものも両方とも印刷ミスがあります！)。尤も私は、ねんざと出血ではねんざの方が負傷度が大きいと思います。負傷度は、軽傷→負傷→重傷→不可の方が分かりやすいと思います。
　とはいえ、優れている点もたくさんありますので、それらも挙げてみましょう。
　天の5階層で手に入る宝物である「エンキの右目」ですが、この「エンキの右目」はこの階層を出るときには持っていない方が良いのです。その理由は564番に到達するとわかります。カイが「エンキの右目」を持っているということは、この目の本来の持ち主であるエンキはまだ右目が見えないということです。『魔界の滅亡』で、ギルガメスが「タウルスの道具」を持っていてはいけないのと同じことです。この発想もなかなかのものです。
　また、琥珀色＝黄色という知識がないと、天の7階層でのドルアーガの戦いは厳しいものとなるでしょう。黄色＋青＝緑という知識もお忘れなく。
　この冒険の最終パラグラフ番号は571番→エピローグですが、571番でなくても以下の文面が現れればとりあえずクリアと思って結構です。

“THE QUSET OF KI”
THE END
CONTINUE TO “THE TOWER OF DRUAGA”

因みに571番以外で上の文面が現れるのは524番と543番です。いずれにせよ「ギルガメスの前にカイがドルアーガの塔に入ったが逆に囚われの身になってしまった」状況にはなります。さて、カイはどうなるのでしょうか？…そうです、この後物語は「ドルアーガ三部作」へと続くわけです…。

2006/10/31

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