暗黒の聖地
闇の帝王ワーグラの野望を打ち砕いたアムスタリア四天王の一人、
紅蓮の騎士グロム・ディード
は、アミナ姫との婚約も終わり、あとは婚礼の日を待つばかりとなった。他の四天王――
青竜の騎士ラウドルップ
、
白獅子の騎士ヴァードム
、
黒鷲の騎士ブランカーノ・ジュニア
の三人――は無念にもワーグラの砦に行き着く前に非業の死を遂げてしまったが、残るディードが祖国アムスタリアを守ったことで、彼らも浮かばれるであろう。
あれから一年近くが経過しようとしていた。シュタットベルン城は幸福に満ちていた。後は、50名のお供を引き連れて聖地ブルグムンドへ巡礼に向かったアミナ姫が帰って来るのを待つだけである。そうしたら、アミナ姫との婚礼を迎えることが出来る…。
しかし、ある日のことだった。シュタットベルン城に一頭の馬が駆け込んできた。その馬の背中には、アミナ姫のお供の一人が瀕死の重傷の状態で乗っていた。その従者は、国王バナボルト�言い�
紅蓮の騎士グロム・ディード
の目の前で、聖地ブルグムンドが悪霊たちに占領されていることを、今にも消え入りそうな声で語った。そして自分以外の従者は全員殺されてしまったことを告げた後、息絶えた。
その場にいた全員が驚きの表情を隠せないでいた。もし、聖地ブルグムンドが悪霊どもに占領されるようなことがあれば、噂にならないはずがないが、そのような噂は全く聞かない。しかし、死んだ従者の物言いや有様を見ると、嘘をついているようには到底思えない。
国王は何やら思案していたが、やがて口を開いた。確固たる証拠もないまま軍隊を出すわけにはいかない。しかし、アミナ姫の安否も気遣われる。こうなっては、闇の帝王ワーグラでさえも倒した
紅蓮の騎士グロム・ディード
が一人で聖地ブルグムンドへ出向くしかなかろうと。
無論、
紅蓮の騎士グロム・ディード
は間髪を入れずこれを承諾した。この命に代えてでもアミナ姫を救い出さなくては!
…この、闇の帝王ワーグラを倒し、聖地ブルグムンドへたった一人で出発した
紅蓮の騎士グロム・ディード
こそが主人公である。
『暗黒の聖地』は、伊藤武雄著『紅蓮の騎士』の続編です。
『紅蓮の騎士』からプレイするのが本来は望ましい(と多分著者は思っている)のですが、『暗黒の聖地』は『紅蓮の騎士』とは独立して出来ていますので、この作品からでも十分プレイできます。
伊藤作品についての特徴は『紅蓮の騎士』で述べましたので、今回は、前編『紅蓮の騎士』からの流れと、本作品について述べることにしましょう。
冒険が進むに連れて前作からの流れがわかるようになっています。
276番にもあるように、今回の宿敵は、前作『紅蓮の騎士』で主人公に討ち倒された闇の帝王ワーグラの大親友、暗黒王ウィルバーンです。自分の大親友であるワーグラが殺されて黙っていては、暗黒王の名が廃るというものでしょう。
ワーグラの手下の中でも一、二を争うほどの実力者ブラガは、自分の留守中にワーグラがアムスタリア四天王に殺されてしまったのを知り、激昂しました。そして、自分の主人の復讐を誓ったのでした。このブラガ、考えようによってはバルメイスよりも性質の悪い輩です。
また、ワーグラの砦へ向かう途中で命を落とした他の四天王とも終盤で再会します。無論、四天王はウィルバーンの思いのままですが…。
今回は、前作の項目数576を約200項目上回る777項目です。約200項目増えた分、今回も様々なアイデアが満載です。
前作『紅蓮の騎士』より一年余りが経過し、アムスタリアだけではなく、著者自身にも結婚などの大きな変化があったようです。前作では「彼女」でしたが、この作品では「妻」となっています。もしかすると、著者は自分の結婚を元ネタにしてこの作品をつくったのかも知れませんね。ちなみに、こういった「著者を取り巻く環境の変遷」は、東京創元社版『展覧会の絵』(1987年)と創土社版『展覧会の絵』(2002年)にもあります(笑)。
今回は、魔法が登場します。前作では、最初にダンテスに会った場合のみでした。それも、使用回数に制限があり、無尽蔵というわけにはいきませんでした。しかし今回は、バルサス式&ソーサリー式のそれぞれの長所を両立させた魔法なのです。つまり、バルサス式のように
体力ポイント
を消費せずにかけられますし、ソーサリー式のように使ったらなくなることもありません(一つを除いては)。ですが、ひとつだけ難点があります。個々の魔法専用の
魔法の腕輪
がないとその魔法をかけられないのです。しかも、見つけた魔法の腕輪を全部つけられるかというとそうとは限らず、自分の手持ちの腕輪の
魔力ポイント
の合計が、現在の自分の
限界魔力ポイント
を超えてはならないのです。これもうまく出来ています。もし、
限界魔力ポイント
に余裕がなくなったら、どれが有用でどれが無用かを見極めなくてはなりません。これも魔法使いとしての力量の一つです。
そして、これまでのゲームブックにはない面白い表現技法があります。「途中で金貨を四枚拾った(371番)」「壜を一本拾った(507番)」「Vの字らしい図形の彫られたカギを拾った(752番)」など、主人公は書いてあるアイテムを
既に自分の持ち物に加えている
のです。「欲しければ持ち物に加えてもよい」ではなく「もう持ち物になっている」という表現は多少強引と言えなくもありませんが、表現としては非常に面白みのあるものです。
また、伊藤作品ならではの、項目番号に★、( )などの印をつけるというアイデアが、まさに「技あり」です。特に★のついた項目では碌(ロク)なことが起きませんが、これには秘密があるのもいとをかし(笑)。
前作と今回のアイテムの比較も一興です。本作品で出て来たアイテムのいくつかは、『紅蓮の騎士』で出てきたアイテムと効能が似ています。これについては『ゲームブック研究室』の方で、もう少し詳しく調べてみることにしましょう。
しかし、いくつか疑問点や改善点も多少見受けられます。
例えば、人を試す「善良な」魔法使い(513番)ですが、果たして悪党のブラガを引き合いに出す必要性があるのかどうか、というところです。これは、どんな悪人とて自分の犯していない所業の報いを受ける筋合いはない、ということでしょうか。だとしたら、もっと溜飲の下がるような「試し方」をしないと、1990年代後半以降の水戸黄門の如く後味の悪いものになってしまうと思います。
また、水溶鬼の塊を入手する方法がありません。初めて水溶鬼に出くわすのが336番ですが、その水溶鬼に勝っても水溶鬼の塊は入手できません(これは恐らく著者の見落としか印刷ミスでしょう)。尤も、水溶鬼の塊が有効なのはシナリオ中盤〜終盤の差し掛かりあたりに出てくる火炎鬼のみで、それまでは食事による
体力ポイント
の回復が制限されてしまうので、そこまでして水溶鬼の塊を手に入れる価値があるのかどうかも疑問ですが。
それから、ゴーストブリッジのわたり方の説明が非常に回りくどいです。これは、ローダス島から見える六木島に合わせたものと思われますが、左から一番目、二番目、三番目…などではなく、左中中…の方がわかりやすいのは言うまでもありません。三つ目(458番)ならまだしも、仮にも神であるバラオの託宣(224番)まで回りくどくては、神が本当に人類から崇められるべき存在かどうかも疑わしいところです。
そして、最後のアミナ姫と二人きりでの満月の夜の場面(347番)ですが、この文面だけですと、たとえ『狼男変身薬の解毒剤』(11番、651番、747番)を飲んでいても「月印のラベルの酒を飲んだことがある」ならば主人公は狼男に変身してしまいます。「文脈から読み取れるだろう」という考えもなくはないのですが、こういった部分の記述もしっかりすると尚良かったと思います。因みに私は347番で以下のように加筆しました(赤字が加筆部分)。
(中略)
ところで、あなたは月印のラベルの酒を飲んだことがあるだろうか。あるなら
且つ解毒剤を飲んでいなければ
五二〇へ進む
。
あっても既に解毒剤を飲んでいるか、飲んだことが
ないなら
七七七へ進む
。
当時の私が加筆したものなので、拙い文章ではありますが、これならば「もう解毒剤を飲んだから安心だ」という表現も活きると思います。かの『ソーサリー』でさえ「これ以後震え病についての記述は無視してよい(『王たちの冠』24番)」とあるのですから。
それから、これは確率計算などが非常に難しいところでもあるのですが、ニセ金つくりの機械(328番)を使った後、支払いにそのニセ金が混ざっている(244番)確率の計算が甘すぎます。この確率が、現在の所持金や機械に入れた金貨の枚数などに関係なく一律3分の1というのは腑に落ちません。これは、『紅蓮の騎士』の57番にも当てはまるのですが、これに関しても『ゲームブック研究室』の方でもう少し研究してみることにします。
そうは言っても、流石は『紅蓮の騎士』の続編だけあって、前作よりも更に量がパワーアップしており、著者のパロディセンスやユーモアなども至るところにちりばめられています。ドブローク(7番)、ヘラキレス(196番)、ブダイの泉(196番)、ロデ・マサキ(211番)など、元ネタを探すのも一興です。地名や人名なども由来があります。例えば、ブルグ
ムンド
の
ムンド
とはスペイン語で「国」という意味ですし、レオドナル・デ・
アンチョビー
の
アンチョビー
とは片口鰯(かたくちいわし)の意味をさしています。そういえば、アンチョビーの顔が片口鰯に似ていないこともなかったりして(笑)。
ところで、この作品のあとがきを見るとわかりますが『紅蓮の騎士』シリーズはまだ終わりを告げていません。主人公とアミナ姫は、巡礼からの帰路の途中、別の冒険に巻き込まれるらしいのですが…第三弾が未発表となっています。恐らく、ゲームブックが下火になり、結局未発表(未刊?)のまま終わったものと思われます。創土社から新刊として刊行されないものでしょうか…。
2006/03/02
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