闇の短剣


 ある月夜の晩。眠っている主人公の喉に、暗殺者の短剣が今まさに突き刺さるところだった。しかし、間一髪アストラガル――先年ゴラク王国の危機の解決に貢献した魔法使い――に救われ、即死は免れた。とは言うものの、短剣は主人公の肩をかすり、焼けつくような痛みが残った……。
 肩の傷の手当てを終えた後、アストラガルに連れられて主人公はゴラク王国にあるアストラガルの部屋へ案内された。
 昨年、可汗(カガン)と称されるカザン−ハン国の統治者が亡くなったことが明らかになった。実は、このことをカザン−ハンの佞臣(ねいしん)チンギスが隠蔽しており、選太子と呼ばれる新たな可汗となる継承候補者を殲滅せしめんとするべく、チンギスはカザン−ハンにマムリク暗殺団を送り込んだのだ。選太子の一人である主人公が襲われた理由も肯ける。
 アストラガルが、主人公を殺しかけた暗殺者の短剣を持ってきた。この短剣は、チンギスが非常に強力な“死の呪法”を用いて鍛えた『死魔の短剣』と呼ばれるもので、不幸にも主人公はこの『死魔の短剣』で傷つけられた。このから逃れる方法はただ一つ、『死魔の短剣』でチンギスを突き刺すことである。急がなくてはならない。が主人公の体内をゆっくりと浸透し、やがては死に至らしめることになる。
 主人公はアストラガルにゴラク王国国境まで送ってもらい、カザン−ハンへ出発する……が、その間にもが主人公の体内を蝕んでいた…。


 『闇の短剣(原題“Daggers of Darkness”)』はFFシリーズ第35巻目の未邦訳作品です。著者はルーク・シャープ氏です。私がプレイしたのは社会思想新社というゲームサークルの同人誌で、訳者は浅田豊健氏です。
 ルーク・シャープのFF作品と言えば、27巻『スターストライダー』、30巻『悪霊の洞窟』が挙げられます。本作品は、ルーク・シャープ作品第三弾です。今回の舞台であるカザン−ハン国はクール大陸のゴラク王国の西に位置します。前作『悪霊の洞窟』にも出てきたゴラク王国やガッドン人、そして魔法使いアストラガルも登場します。また、387番で、乞食が一瞥する「タンクレッドの肖像」とは、まさしく30巻に出てきた「偉大なるタンクレッド」に他なりません。こういった、ルーク・シャープ作品ならではの単語も鏤められています。ゴラク王国やガッドン人や魔法使いアストラガルはルーク・シャープ作品の象徴とも言えるでしょう。ルーク・シャープにとってアストラガルとは“クール大陸のヤズトロモ”なのかもしれません。
 この作品のタイトル“Daggers of Darkness”からすると西洋風の冒険を思わせますが、このカザン−ハン国の悪人の名前が「チンギス」ということからも分かるとおり、カザン−ハン国は、モンゴルをモデルにした国です。チンギス−ハン(ジンギス−カン)の孫であるフビライ−ハン(クビライ−カン)が1274年(文永の役)と1281年(弘安の役)の2度に渡って日本を攻めてきたという「元寇(げんこう…モンゴルの賊)」の時代(日本では鎌倉時代)がカザン−ハン国の設定というところだと思います。それにしても、悪役の名前が「チンギス」とは、何のひねりもありません…。
 本作品における著者の新しい工夫として、「ミニボードゲーム」感覚で楽しめる場面が挙げられます。7×7マスの飛び石(77番)、24の部屋からなる迷宮(160番)、そして死霊殺しの術体得の魔方陣(266番)です。たまには、ゲームブック内での“双六”もいいものです。
 それから、本作品には6巻『死のワナの地下迷宮』にも出てきた「矢走り」の試練(48番)が登場します。ついに「矢走り」がクールにも登場しました。
 次に、本作品にも27巻や30巻に共通するシステムが要所要所に現れています。
 まずは「人体図」です。27巻と同じく、この冒険は時間との戦いです。冒険開始から刻一刻とが全身を蝕んでいきます。一定時間が経過すると毒が全身にまわってゲームオーバーとなります。24マス分ある「人体図」は、27巻でいうところの「時間点」です。38番や305番の「人体図の毒のマスを全てチェックすること」という表現は、27巻の「時間点を全部引くこと」という表現が思い出されます。ルーク・シャープならではの発想と言えるでしょう。
 また、メダリオンが発動する力Aは宛ら30巻203番の「命の呪文」ですし、62番に出てくる「感覚戦闘」は生来盲目のガッドン人ならではの能力です。
 それから、27巻や30巻は一撃戦闘をはじめ何の脈絡もなく即死につながる選択肢が多かったのですが、今回はそれが撤廃されています。また、30巻に出てきた「サイコロ1個を2回振って同じ目が出るかどうか」というサイコロ判定も「サイコロ2個を振ってゾロ目(同じ数)が出るかどうか」に変更されています(36番、91番、145番、156番、346番、381番)。これならば確率は6分の1のままで煩雑な方法を改善することができます。
 こうしてみると、本作品は27巻や30巻のシステムを受け継いでいるところがある反面、27巻や30巻のシステムにおいて著者自身が反省した点は徹底的に著者自身が否定して作られたと考えられます。その結果、本作品における問題点が30巻と同じという皮肉なことが起こっています。
 全体的な難易度はそれほど難しくはないものの、メダリオンを手に入れるまでの過程だけは異様に難しく、苦労して入手した割にはメダリオンの力があまりにも弱く、メダリオンを入手するまでの危険度とメダリオンを入手したときの特典のバランスがうまく取れていない感があります。しかも、メダリオンを1個も入手しなくてもクリアは可能です。これではメダリオンの存在価値が半減してしまいます。この冒険においては入手できるメダリオンの数は最大2個で、一応2個入手できたときが一番優遇されはするのですが、2個を入手するルートの危険度を鑑みると決して有利な優遇措置とは言えません。恐らく、ルーク・シャープは前作『悪霊の洞窟』における些末な部分での理不尽な難易度を反省点として意識しすぎた結果、本作品は30巻とは逆の難点が出てきてしまったのではないでしょうか。結果だけ見ると、30巻も本作品も、ごく一部の点で異様に難易度が極端に高く、肝腎な部分での難易度が極端に低いという、ちぐはぐした作品となってしまったと思います。もう少しゲームのバランスを考えて欲しかったところでもあります。

 「最も役に立ちそうな力」が、考えようによっては「無用の長物」ということはよくあります。本作品の“大いなる叡智”の技能(166番)がそれです。一見役に立ちそうですが、この冒険中全くの役立たずとなります。物の価値基準というのは一つに決められないということかも知れませんね。

2009/07/09


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