人間万事塞翁が馬
〜受験で思い通りの結果にならなかった人たちへ〜


 受験の季節が終わり、それぞれの結果が出たと思います。めでたく第一志望に受かった人や、残念ながら第一志望に受からなかった人、それどころかどこも受からなかった人さえいると思います。今回は、第一志望に受からなかった人たちへ向けての記事です。第一志望に受からなかった人は続きをお読みください。第一志望に受かった人は、この先を読まずに戻ることをお薦めします。

 「人間万事塞翁が馬」という諺があります。
 昔、中国の北方にある塞(とりで)に住んでいた翁(おきな…おじいさんの意味)がいました。その塞翁は占いが得意でした。
 ある日、塞翁が飼っていた馬が逃げ出しました。周りの人たちは塞翁の不幸を慰めましたが、塞翁は「いや、これは幸運になるでしょう」と占いました。占い通り、逃げ出した馬は駿馬(しゅんめ…すぐれた馬)を連れて戻ってきました。早速周りの人たちは塞翁の幸運を喜びましたが、今度は塞翁は「いや、これは不幸になるでしょう」と占いました。占い通り、塞翁の息子はその駿馬に乗ったときに落馬して足を骨折してしまいました。これを知った周りの人たちがお見舞いに行くと、塞翁は「いや、これは幸運になるでしょう」と答えました。翌年、隣国との戦争が起こりましたが、塞翁の息子は足を骨折していたため兵役を免除され、戦死を逃れました。その戦争では兵役に出されたほとんどの兵士が助かりませんでした。
 この故事から、人間の吉凶は予測がつかないという意味で「塞翁が馬」または「人間万事塞翁が馬」という故事成語ができたとされています。

 第一志望に受からなかった理由はいろいろあると思いますが、共通しているのは「学校側が自分を要していなかった」ということです。これは一種の運命かもしれません。ならば、運命には逆らわず身を任せるという見方はいかがでしょうか。第一志望の学校に首尾良く入れたとしても、その後の学校生活が全てうまく行くとは限りません。大切なのは入学したであり、第一志望の学校が、実は「聞いて極楽見て地獄」だったという可能性もあるのです。逆に、第一志望の学校に入れなかった人が、一生つきあえる友人に巡り会えたというのもよく聞く話です。これから始まる新しい生活はまさに塞翁が馬、何が起こるか本当にわかりません。
 もちろん、私は「第一志望に受かるな」などと言う気は微塵もありません。しかし、受験で思い通りの結果にならなかったとしても、それで全てが終わるわけではないと思うのです。
 そして、これははっきり言えます。

成功することばかりが能ではない。

 本当にその学校に入ってよかったと思える日は、その学校を卒業する日に初めてわかると思います。入る前よりも、入ってからの方が重要だと感じる今日この頃です。

2009/03/08


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