プロ棋士にも二歩の誤り


 昨年の今日、NHK杯将棋トーナメントの豊川孝弘六段対田村康介五段(段位は当時)の対局がNHK教育テレビで放送された。
 この2004年6月20日という日は、二人にとって一生忘れられぬ日となったであろう…。

 この対局の108手目。
 後手番の田村五段が先手番の豊川六段の桂馬を取って成り桂をつくり、豊川六段の角を殺した局面である。
 駒の損得では、豊川六段が金二枚、田村五段が銀桂を取る順で豊川六段がやや駒得だったし、玉の固さでは、豊川六段が金銀4枚に対し田村五段は「金なし将棋に受け手なし」状態なので豊川六段に分があろう。
 しかし、田村五段も豊川六段の角を成り桂で捕縛したことが心理的に非常に大きかったと思う。次に△3八成桂と指せば駒損を回復してなおかつお釣りが来るからだ。
 ここで、豊川六段がどう対処するかが注目するところだった。
 そして秒読みに追われた豊川六段の次に指した手が、伝説を作ることとなった。

 パチーン!
 駒音高く、豊川六段が109手目に指した手は▲2九歩
 これは、この後△3八成桂▲2八歩△4九成桂となればそこそこ妥協できるという思惑だったのか、あるいは△1九龍と敵龍を一旦追い払った後また考えるという思惑だったのか、もしくはその他の思い当たる節があったのか。
 しかし、いずれにせよ結果は同じだった。
 2三に歩があるにも関わらず、豊川六段は2九に歩を打ってしまったのだ。
 これは二歩という将棋で最も発生頻度の高い禁じ手なのである。
 将棋では、同じ縦の筋(同じアラビア数字の列)に自分の歩を二つ以上打ってはいけないという規則がある。この禁を破ると二歩(にふ)となり、その時点で反則負けとなる。108手目の局面では、既に先手後手ともに2筋には歩があるので、双方ともこの2筋にはもう歩を打ってはいけないことになっている。
 豊川六段は二歩の咎で反則負け、この時点で田村五段の勝ちとなった。
 しかし、勝った田村五段は、終始苦虫を噛み潰したような切ない表情をしていた

 お前勝ったんだからもう少しうれしそうな顔をしろよ(笑)。

 しかし、それは無理もない。私が田村五段だったとしても、あのような釈然としない表情をしただろう。
 解説者の塚田泰明九段の「あ打っちゃったよ打っちゃった。」という驚きの声と、千葉涼子女流三段の悲鳴。そして2三の歩を指差した後、沈痛な面持ちで微動だにしなくなってしまった田村五段。一方、反則を犯した当の豊川六段は自嘲気味の笑いを浮かべ「ダメだね」を連呼していた。

 その後、この事件を「ニフティ事件」と称する人も出てきて、豊川六段には「二歩の豊川」とか「ニフティ豊川」というあだ名がついたという。
 だが、私は豊川六段の反則負けによって、豊川六段の人間らしさを実感することができた。
 コンピューター将棋では、二歩などの反則技は予め出来ないようにプログラミングされている。無理矢理指そうとしても「二歩です」というエラー表示が出てしまい、指すことは出来ない。だから、コンピューター同士の対戦では二歩など出したくても出せないのである。
 二歩が発生するということ自体が、人間同士の対局である何よりの証拠ではなかろうか。
 投了するのが嫌で故意的に二歩の反則を犯したのならともかく、豊川六段の二歩はそう愧じることではないと思う(自慢にはならないだろうが)。
 それに、豊川六段の弟子や将来豊川六段が将棋の入門書を書く際、二歩の説明をするときはこの「二歩事件」を例として挙げればよい。反則も犯したことのないような有名棋士が、ただ機械的に「二歩はルール違反であって、指したら即負け」と言うよりも遥かに二歩について分かりやすく、しかも頭にしっかりと残る説明が出来る。何しろ、実際に反則を犯してしまったのだから。「二歩を指したらプロ失格」ではなく「二歩はプロでもしてしまう反則だから注意する」のである。
 むしろ「二歩を指したらプロ失格」などと偉そうに言う輩には、当人が二歩を指したときに「お前なんか将棋やめちまえ!」と言えばよいのである。たとえそれがどんなに強いプロ棋士であろうとも。むしろ、普段から偉そうな態度を取っている連中ほど初歩的なミスの罪は重いのである。

 ちなみに、この二歩は、元日本将棋連盟会長二上達也九段や、あの史上最年長初名人位の米長邦雄永世棋聖もしたことがあるらしい。現役棋士では、豊川六段の少し後に田中寅彦九段まで二歩を打ったという。二歩の前科者は結構多い。

 まさに「プロ棋士にも二歩の誤り」「豊川にも二歩の誤り」と言えよう。
**天までとどけ(映画ドラえもん「のび太とアニマル惑星」)より**
 ♪ 禁じ手指すのは人間だから〜 二歩打つあなたは人間らしい〜
※ ご注意 ※
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2005/06/20


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